事情聴取のメモは隠されていた

事故直後に航海長を極秘裏に呼び出しての事情聴取。そのとき航海長が時系列で整理したメモや船舶の位置関係を示すメモをつくっていたにもかかわらず、当日、海保庁に示されたメモは、2分前以前の情報をカットしたものだった。

これって、「情報操作」ですよね?

イージス艦事故:あたご航海長がメモ…漁船航路位置示す(毎日新聞)
航海長の自筆メモ、省内に留め置く(TBS News-i)
イージス艦事故:航海長聴取内容、「2分前」以前提供せず(毎日新聞)
「清徳丸を認識せず」 航海長メモで説明(MSN産経ニュース)
「石破大臣が呼び出し指示」幹部証言(TBS News-i)

イージス艦事故:あたご航海長がメモ…漁船航路位置示す
[毎日新聞 2008年2月29日 23時11分]

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、あたごの航海長(交代前の当直士官)が、事故直前のあたごや漁船の航路や位置を記した手書きのメモを作成していたことが29日分かった。第3管区海上保安本部(横浜市)の秋本茂雄警備救難部長が明らかにした。3管はほかの物的証拠や乗組員の供述内容と突き合わせを進める。
 航海長をめぐっては、事故当日の19日、石破茂防衛相らが海上保安庁の事前了解を得ずに事情聴取している。秋本部長によると、メモはその聴取の際に作成されたという。
 A4判3枚で、うち1枚は事故直前のあたごから見た清徳丸や僚船の航路、位置、衝突時の様子が図示され、残り2枚は事故直前から衝突までの様子が時系列で書かれていた。28日午前11時35分ごろ、防衛省から海上保安庁へファクスで送られてきたという。
 一方、秋本部長は行方不明の2人の捜索について「漁協からも捜索は(打ち切っても)いいという発言があったと聞いている。総合的な観点から検討する」と打ち切りの可能性に言及した。【堀智行】

航海長の自筆メモ、省内に留め置く
[TBS News-i最終更新:2008年3月1日(土) 0時22分]

 イージス艦衝突事故で、新たな隠ぺいの疑いが浮上しました。防衛省が呼び寄せたイージス艦の操船責任者、航海長が自らが書いたメモを、防衛省は事故発生から10日間にわたって海上保安庁に渡さず、省内に留め置いていたことがわかりました。メモには漁船との位置関係などが詳細に記されていました。
 防衛省は、ヘリコプターで呼び戻した航海長に対し、石破大臣らが2度にわたって事情聴取し、その内容をまとめて海上保安庁に送ったと説明していました。
 ところが29日になって、衝突直後に航海長が自筆で記したメモが別に存在し、そこにはイージス艦と漁船の位置関係や進路が見取り図で詳しく記されていることが明らかになりました。
 防衛省では、このメモを事故から10日目の28日、FAXするまで海上保安庁に提出していませんでした。イージス艦の操船責任者が記した詳細な資料が防衛省に留め置かれていたことに、新たな批判が集まりそうです。(29日22:51)

イージス艦事故:航海長聴取内容、「2分前」以前提供せず
[毎日新聞 2008年3月1日 2時30分]

 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、石破茂防衛相らが事故当日、海上保安庁の捜査着手前に得た航海長の聴取内容のうち、衝突直前の2分間の情報だけを海保に提供していたことが分かった。航海長は衝突前の当直士官で、交代前から衝突までの状況を報告したとみられる。レーダーに複数の船影を把握していたことなども説明していたが、海保へのファクスには記されていなかった。捜査妨害との批判もあり、石破氏の責任を問う声が高まりそうだ。
 関係者によると、事故の約6時間後、吉川栄治海上幕僚長の指示で、あたごの舩渡健艦長が状況報告のために航海長を指名し、ヘリコプターで東京・市ケ谷の海上幕僚監部に移送した。
 航海長は午前3時45分過ぎの交代時まで航行の責任を負う当直士官だった。海幕で約1時間聴取後、石破氏の指示で大臣室でさらに1時間弱、事故当時の状況を説明した。交代前、前方海域に複数の船影が水上レーダーのモニターに映っていたことなどを説明。交代後の当直員から聞き取った事故時の状況もまとめて報告した。
 防衛省運用企画局は、自民党の国防部会に備えて海幕と大臣室での聴取内容をまとめたメモを改めて作成。19日午後4時ごろ、海上保安庁にファクスした。しかし、メモには衝突2分前以降の情報だけで、原因究明のために重要な交代前後の情報は記されてなかった。
 3時間後に石破氏が国防部会でした説明も同じメモに基づくもので、衝突前2分までの報告がしていなかった。

ちなみに、このときの事情聴取で、航海長は、レーダーでは2隻の船をとらえていたが、清徳丸には気がつかなかったと供述していた。こうした情報の中で発表されたのは、「2分前に緑色灯を見た」というものだけ。

「清徳丸を認識せず」 航海長メモで説明
[MSN産経ニュース 2008.3.1 20:15]

 千葉県・野島崎沖で起きた海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、あたごの航海長が事故当日に防衛省幹部らの事情聴取を受けた際、「衝突まで漁船(清徳丸)には気づかなかった」との趣旨の説明をしていたことが1日、明らかになった。航海長が説明用に記したメモには、衝突までレーダーで清徳丸を認識していなかったことをうかがわせる記述があるという。
 防衛省幹部によると、航海長は事故当日の2月19日午前10時ごろ、ヘリコプターで防衛省に出向き、まず海幕防衛部長らに当時の状況を説明。その際に航海長は記憶をたどって作成したメモを見ながら「レーダーでは2隻の漁船しか視認しておらず、この2隻の航跡が重なることがあり、1隻かもしれないと思っていた」との趣旨の説明をしたという。
 説明によると、あたごは前方右手数キロに漁船をレーダーで確認、航跡を追尾しながら監視を続けたが、衝突した午前4時7分の2分前に前方を右から左に横切った。この漁船は清徳丸の僚船である可能性が高いという。
 航海長は衝突の2分前に「見張り員が緑の灯火を視認した」と説明したが、「何の灯火かよくわからなかった」と話した。説明を受けた海幕幹部らは「レーダーで清徳丸は正確に探知していなかった可能性がある」「衝突2分前の緑の灯火は清徳丸右舷の灯火とは確認できない」との共通認識を持ったという。
 航海長は海幕幹部への説明の後、同日正午ごろから石破茂防衛相、増田好平防衛事務次官らにもメモを示しながら同様の説明をしたという。
 防衛省は、航海長の手書きメモや聞き取り記録、漁船とあたごの位置関係の見取り図などを海保に提供している。

ところで、「事情の分かった人間」呼ぶように指示したのは誰か? これまでのところ、海上自衛隊の指示だとされていますが、実は石破大臣本人だったという証言も。

「石破大臣が呼び出し指示」幹部証言
[最終更新:2008年2月29日(金) 4時46分]

 イージス艦事故の当日、防衛省が海上保安庁の了解を得ないまま航海長を呼び戻した問題で、防衛省幹部が、「事情の分かっている者を呼ぶよう指示したのは石破大臣本人だった」と証言していることが、JNNの調べで分かりました。
 石破大臣は28日の国会答弁で、「イージス艦『あたご』から事情の分かっている者を呼ぶように指示したのは海上自衛隊だ」と答弁しています。
 「呼ぶという意思決定は海上幕僚監部が行った。意思決定に私は関与していない」(石破 茂 防衛相)
 ところが、JNNの調べによりますと、防衛省の中枢幹部が「事情の分かっている者を呼ぶよう指示したのは石破大臣本人だ」と、証言していることが分かりました。
 石破大臣は、呼び寄せたイージス艦の航海長に対し、実際には自らが会って事情聴取したにもかかわらず、25日の予算委員会で「現在のところ接触していない」と答弁していました。
 野党3党は28日夜、国会対策責任者が会談して石破大臣の辞任を求めることで一致、責任追及を強める構えです。(28日23:59)

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