ネグリ『マルチチュード』の続き。
第2部 マルチチュード
2-1 〈危険な階級〉はいかに構成されるか
「階級は階級闘争によって決定される」。「重要な意味を持つ階級は集団闘争の路線によって定義される」。「人種は人種に対する抑圧によって作られる……。同様に、経済的階級も、集団的な抵抗活動を通じて形成される。」(178ページ)
「階級とはともに闘争する集団性であり、そうでしかありえない」(179ページ)
「現代のポストモダン的な社会的生において旧い同一性が崩壊しているのは事実である。……支配諸国における工場労働者という凝集したアイデンティティが、短期契約労働の増加や新しい労働形態に特徴的な強制された移動性によって崩れつつあることや、移民による労働力移動によって国民的アイデンティティという伝統的概念が脅かされ、家族のアイデンティティが変化しつつある……。」(180ページ)
マルチチュードの概念の2つめの側面。階級闘争という「この視点から見たマルチチュードは、現在ある経験的存在としての階級というより、その可能性の条件に立脚する。言い換えれば、ここでの問いは、『マルチチュードとは何か?』ではなく、『マルチチュードは何になることができるか?』なのだ。」(181ページ)
「20世紀末の数十年間に、工業労働はその主導権を失い、代わりに主導権を握ったのは『非物質的労働』だった。非物質的労働とは、知識や情報、コミュニケーション、関係性、情緒的反応といった非物質的な生産物をつくりだす労働である」(184ページ)
「非物質的労働には2つの基本的な形態がある」〈同前)。
第1の形態――問題解決や象徴的・分析的な作業、言語的表現といった知的ないしは言語的な労働。アイデア、シンボル、コード、テクスト、言語的形象、イメージその他の生産物を生み出す。
第2の形態――「情緒労働」と呼ぶもの。喜びや悲しみといった情動。一定の思考と一定の身体状態とをともに表現する。「情動労働とは、安心感や幸福感、満足、興奮、情熱といった情動を生み出したり操作する労働」、「具体的には、弁護士補助員やフライトアテンダント、ファーストフード店の店員(笑顔のサービス)」(185ページ)
「すべての非物質的生産にともなう労働は物質的なものである」、「非物質的なのはあくまでその生産物」(186ページ)。「むしろ……『生政治的労働』として――物質的材だけでなく、さまざまな関係性や、最終的には社会的生そのものをつくりだす労働として、理解した方が適切かもしれない」(同前)
「非物質的労働は地球全体の労働からするとあくまで少数派」。「私たちが主張したいのは、今や非物質的労働が質的な意味での主導権を握るにいたり、他の労働形態や社会そのものにある傾向を強いているということである。」(187ページ)
農業労働・女性の労働との共通点
農業労働。「農業者はこれまでずっと、知識と知性、確信という非物質的労働特有の要素を使ってきた」。「農業が肉体的に過酷な労働であることはまちがいない」が、「同時にそれは価額でもある」。「このように農業に特有の、自然の予測不可能な変化にあわせて変動する開放的な科学が示唆するのは、恒常における機械的な科学ではなく非物質的労働の中心をなす知識なのだ」(187?188ページ)
女性の労働。「とりわけ家庭内での出産・子育てにまつわる再生産労働は、農業と同じ種類の、自然と密接に結びついた知識や知性からなる開放的な科学の実例であると同時に、非物質的生産の中心をなす情動労働の実例でもある」(188ページ)。
「情動的生産が賃金労働としておこなわれるとき、それはきわめて疎外的な体験となる可能性がある」(189ページ)
「非物質的労働が主導権を握っても、すべての労働が快適でやりがいのあるものになるわけではないし、職業の上下関係や指令、あるいは労働市場の二極分化が緩和されるわけでもない。」(189ページ)
「非物質的労働が主導権を握ることで、労働条件が変化する…。たとえば非物質的労働のパラダイムにおいては、仕事時間と余暇時間との区別がどんどん曖昧になり、従来の労働日という概念が変質する。…生産の目的が問題の解決やアイディアまたは関係性の創出ということになると、労働時間は生活時間全体にまで拡大する傾向がある。」(190ページ)
「一般に、非物質的労働の主導権のもとにある生産組織は、組み立てライン特有の直線的な関係性から、分散型ネットワーク特有の無数の不確定な関係性へと変化する…。情報、コミュニケーション、協働が生産の基準となり、ネットワークが組織の支配的形態となるのだ」(192ページ)
「非物質的労働の主導権のもとにある搾取とは、もはや個別的または集団的な労働時間で測られるような価値の収奪のことではなく、協働的な労働によって生産され、社会的ネットワークの中で流通することを通じてますます〈共〉になってゆくような価値の捕獲を指す。」(192ページ)
「生産における協働の中心的な形態は、もはや労働の組織化プロジェクトの一貫として資本家によって作り出されるのではなく、労働そのものの生産的エネルギーから現れ出てくるのだ。まさにこれこそが非物質的労働のカギとなる特徴――すなわちコミュニケーション、社会的関係、協働を生産することにほかならない。」(192?193ページ)
「非物質的労働の主導権のもとでは〈共〉的な関係や〈共〉的な社会的形態がかつてないほど顕著な形で創り出される」。どんな労働形態が主導権を握ったとしても、〈共〉の要素は創り出されるが、「経済が近代化し工業労働が主導権をもつことで、農業をはじめとするあらゆる部門が工業のテクノロジーや刊行、基本的な経済関係と合致するようになったように、経済がポストモダン化し非物質的労働が主導権をもつことで、先にも述べたように同様の〈共〉の変容がおきている」。(193ページ)
「非物質的労働が他と違うのは生産物それ自体が多くの面で、ただちに社会的で〈共〉的なものとなるという点だ。車やタイプライターを生産することとは違って、コミュニケーションや情動的関係、知識を生産することは、私たちが共有するものの領域を直接的に拡大することにつながる…。」(193ページ)
非物質的労働が主導権を握っているという主張を裏づける4つの現実的傾向(194?195ページ)
- 雇用のトレンド。支配諸国で最も増えている職業――飲食サービスのスタッフ、販売員、コンピュータエンジニア、教師、医療従事者などにおいて、非物質的労働が中心的役割を占めている。それに対応して、工業や農業など多くの物質的生産形態が世界の従属的地域に移転しつつある。
- 他の労働と生産の形態が、非物質的生産の特徴を取り入れつつある。あらゆる生産にコンピュータが組み込まれている。農業でも、種子情報の管理が。
- 非物質的労働によって生み出される非物質的な所有[=財産]形態がますます重要性を増している。特許、著作権などの非物質材。
- 非物質的生産に特有の分散型のネットワーク形態が、社会的生のあらゆる場面に登場している。
突然ネグリを読み出したのは、別にこれといった理由はありません。『未来派左翼』(上下、NHKブックス、2008年)を読もうと思ったのだけれど、あれよりこっちの方が分かりやすい、というだけのこと。ネグリの議論を読んでいくと、ストレートに武力革命を提起している訳ではないが、しかし、運動の中での実力闘争を絶対に否定しない(というか、運動の中で実力闘争が中心の1つをなす)ところに、彼の議論の特徴がある。