日経BPから中山元訳で『資本論』新訳がでるらしい

twitterを眺めていたら、こんな記事が…

黒沢正俊 (383kuro) は Twitter を利用しています

383kuro 黒沢正俊
このところ、『資本論』第1巻の4章までのゲラと格闘している。マルクス、凄い。画期的な新訳とPRしておこう。タイミングもいい。動乱の季節は1970年代以来。
31分前

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エンゲルスの「資本主義の根本矛盾」の定式化をめぐって

先日の古典教室では、エンゲルスが『空想から科学へ』のなかで定式化した「資本主義の根本矛盾」について、講師からかなり立ち入った問題点の指摘がありました。

講師が「私が疑問に思うのは」として指摘したのは、以下の4つの点。

  1. 社会的生産と私的取得との矛盾というエンゲルスの定式には、肝心の剰余価値の搾取が出てこない。
  2. プロレタリアートとブルジョアジーの対立が、根本矛盾の「現象形態」とされているが、しかし、これは資本主義の階級対立そのものであって、何か別の矛盾の「現象形態」だったりするのか?
  3. 生産の無政府性は、商品生産の特徴であり、資本主義以前から商品生産社会では起きていたこと。それが資本主義になるとより大規模に起こる、というだけでは、資本主義の矛盾を説明したことにならない。
  4. このあと、資本主義の枠内ではあれ生産の社会的性格の商品をせまられるとして、株式会社、トラスト、国有化があげられているが、エンゲルスは、これらをもっぱら生産の無政府性を解決するための資本の発展と見ている。それで20世紀から21世紀の資本主義をとらえることができるか?

私が、講義を聞いていて、とくに「なるほど」と思ったのは、この第4の点です。

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資本論第2版を手に入れました(^_^)v

『資本論』ドイツ語第2版を手に入れました。といっても、現物ではありません。Googleブックスでスキャンされたものですが…。でも、PDFで全文ダウンロード可能です。(^_^)v

Das kapital: Kritik der politischen … – Karl Marx – Google ブックス

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4つめの「調査委員会」

以前、『資本論』には3つの工場調査委員会が出てくると書きましたが、あらためてよく読んでみると、そのほかにもう1つ、調査委員会が登場します。

それは、第24章「いわゆる本源的蓄積」第6節「産業資本家の創生記」の原注(246)のなかに、フランシス・ホーナー ((工場監督官レナード・ホーナーの兄で、ホイッグ党下院議員。))の言葉として出てきます。

もう1つ、もっと恐ろしい事件が、議会の調査委員会の一員としての自分の耳に入った。 ((新日本出版社『資本論』上製版Ib、1293ページ、新書版第4分冊、1299ページ、ヴェルケ版786〜787ページ))

ここで言われている「議会の調査委員会」とはいったい何なのか? 手がかりは、1815年ごろの存在した委員会だということと、王立の委員会ではなくて「議会の」委員会だということです。

それで、いろいろ調べてみると、これは、1816年に下院に設けられた「工場児童にかんする調査委員会」だということが分かりました。児童保護法案の審議のためにつくられた委員会で、同法案を提案したロバート・ピール卿の名前をとって、「ピール委員会」と通称されているようです。

この原注246に書かれているように、ロバート・ピール卿は、1815年6月に「児童保護法案」を提案。その審議のために下院内に委員会が設けられました(だから「議会の」委員会)。そして、翌1816年4月から6月にかけて各階層47人の証人喚問 ((証人となったのは、綿工場主、綿業以外の工場主、商人、医師、治安判事など。))を実施しました。この法案の制定を働きかけたのがロバート・オウエンで、オウエン自身も同調査委員会の証人としてピール卿の質問に答えています。

結局、同法案は、1819年に成立しますが、その中身は、オウエンの考えていたものとはかけ離れたものになってしまいました。成立した法律は以下のようなものでした。

  • 9歳未満の児童について工場労働を禁止。(オウエンは12歳未満の禁止を要求)
  • 16歳未満の全員について食事時間を除いて1日12時間以上働かせることを禁止。(オウエンは10時間半への制限を主張)
  • 適用されるのは綿工場の一部のみ。(オウエンは、20人以上が雇用されている綿・羊毛・亜麻・その他の工場への適用を主張)

なお、原注246では、マルクスは、F・ホーナーの発言を1815年のものとして紹介していますが、内容から考えて、これはマルクスの思い違いでしょう。法案の提出は1815年ですが、同委員会の設置された1816年から同法が成立する1819年までの発言だと思われます。ちなみに、注246の、このF・ホーナーの発言のくだりは、ジョン・フィールデン『工場制度の呪詛』(1836年刊)の11〜12ページ ((Marx Engels Collected Works、vol.26の編集注672、新MEGAアパラートによる。))からとられていますが、引用するさいに、マルクスは法案が提出された1815年のものと思い込んでいたのかも知れません ((したがってまた、注246で、ホーナーの「2年前」という言葉にマルクスが「1813年」と書き込んでいるのも、本当に1813年の事件だったのかどうかは調べてみないと断定できないでしょう。))。

【参考文献】

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「カール・マルクスは正しかった!!」

ドクター「最後の審判」の異名をとるエコノミスト、ノリエル・ルービニ氏が、ウォールストリートジャーナルのインタビューにこたえて、「マルクスは正しかった」と答えたそうだ。

Marx was right; capitalism can destroy itself: Roubini | Financial Post

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『1861-63年草稿』第3分冊後半をさらにざっくり読む

591ページ「四 相対的剰余価値」

591ページ下段。賃金と剰余価値。「先行するもの、規定するものは、賃金の運動である。その騰落が利潤(剰余価値)の側に反対の運動を引き起こす」

592ページ上段。「賃金の騰落は、剰余価値(利潤)率を規定しはするが、しかし商品の価値または価格(商品の価値の貨幣表現としての)には影響を及ぼさない」。「賃金の上昇が商品価格を高くするというのは、間違った先入観である」。

592ページ下段。剰余価値率は賃金の相対的な高さによって決まる。賃金の相対的な高さは、必要生活手段の価格によって決まる。必要生活手段の価格は労働の生産性によって決まる(これはリカードウの説? マルクスの説?)。生産性は土地の豊度が高いほど大きい。「改良」はすべて、生活手段の価格を引き下げる(ここらあたりはリカードウ)。労賃=労働の価値は、労働が労働者階級の平均的消費に入る必需品を生産する限りで、労働の生産力の発展に反比例して騰落する。
 利潤は、労賃が上がらなければ下がりえないし、労賃が下がらなければ上がりえない。
 労賃の価値は、労働者が受け取る生活手段の量によって計るべきではなく、この生活手段に費やされる労働量によって計るべきである。実際には、労働日のうち労働者自身が自分の者として取得する割合で。

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『1861-63年草稿』第3分冊後半を引き続きざっくり読む

続きです。

こういう学説史の部分を読んでいると、ついついマルクスが引用しているリカードウの部分を、リカードウの著作にもどって読み直して、リカードウの論理をどういうふうにマルクスが批判したのかを追体験? し直そうとしてしまいますが、そうやってリカードウにさかのぼってみても、結局、マルクスがリカードウの学説を検討することを通じて、みずからの経済学の認識をどう発展させたのか、という肝心の問題はちっとも深まらない。

だから、そういう「さかのぼり」はこの際きっぱり諦めて、関心を、もっぱら、マルクスがリカードウ学説との格闘を通じて、自分の経済理論をどう発展させたのか、自分の理論としてどんな新境地を切り開いていったのか、というところに向けて、読んでいった方がいいと思う。ほんま。(^_^;)

ということで、大月書店『資本論草稿集』6、561ページ「一 労働量と労働の価値」から。

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『1861-63年草稿』第3分冊後半をざっくり読む

『資本論草稿集』1861-63年草稿の第3分冊(「剰余価値にかんする諸学説」)の後半部分(大月書店『資本論草稿集』6、530ページ以下)をざっくりと読んでみます。

530ページに「剰余価値にかんするリカードウの理論」の見出し。これはマルクスのもの。とはいえ、ここで取り上げられているのは『経済学と課税の諸原理』の後半部分。

章の書かれていない530ページの冒頭部分の引用は、第25章「植民地貿易について」から。

そのあとは、

第26章「総収入と純収入について」(531ページ)
第12章「地租」(535ページ)
第13章「金にたいする課税」(536ページ)
第15章「利潤にたいする課税」(543ページ下段)
第17章「原生産物以外の諸商品にたいする課税」(549ページ上段)

など。

で、561ページ下段(草稿650ページ)で、「われわれは、こんどはリカードウの剰余価値論の説明に移ろう」と書かれている。このあとは、第1章「価値について」からの引用がおこなわれているし、「一 労働量と労働の価値」(561ページ)から「五 利潤論」(604ページ)まで見出しを立てて書いている。あらためてリカードウの価値論・剰余価値論の批判を始めたということだろう。

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雇用置き去りでは、やっぱり景気回復は難しい

雇用を置き去りにしたままでは、やっぱり景気回復は難しいということを、IMF(国際通貨基金)が認めました。

マルクスは、「資本主義的生産の真の制限は資本そのものである」(第3部第15章第2節、ヴェルケ版260ページ、新日本新書第9分冊426ページ)と言っていましたが、今回のIMF声明は、まさにそれを資本主義世界経済の中枢が認めたに等しいものと言えます。

世界経済「課題は雇用創出」 IMFの委員会が共同声明:朝日新聞

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マルクス年譜

アドラツキー監修『カール・マルクス年譜』(広島定吉訳、改造社、1936年刊)

マルクスの年譜というと、大月書店から出版された『マルクス=エンゲルス略年譜』 ((1975年刊。1976年に、同書店「国民文庫」の1冊としても刊行された。))がよく知られているが、こちらは、戦前、改造社から発行された『カール・マルクス年譜』(広島定吉訳、1936年刊)。ソ連のマルクス・エンゲルス・レーニン研究所からアドラツキーの監修で出されたロシア語版(1935年)の翻訳。

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マルクスは世界の「片隅」で愛をさけぶ…?!

不破哲三『「科学の目」で見る日本と世界』(新日本出版社、2011年)

不破哲三『「科学の目」で見る日本と世界』

不破さんが新刊『「科学の目」で見る日本と世界』(新日本出版社)のなかで、マルクスがヨーロッパ資本主義を、それが大きな発展を遂げたあとでも、世界全体から見れば「小さな隅」にすぎないと指摘していたことを紹介されています ((不破哲三『「科学の目」で見る日本と世界』新日本出版社、2011年、98ページ。もとは2010年10月に日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会の記念集会でおこなった講演。))。

この出所は、マルクスの1858年10月8日付のエンゲルス宛の手紙です。ところが、『全集』(第29巻)の翻訳と、『資本論書簡』(岡崎次郎訳、大月書店)の翻訳とでは、かなり文章が違っています。

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マルクスの時代の税金って?

前回の古典教室で、『賃金、価格および利潤』の第11章「剰余価値が分解する種々の部分」に出てくる「税金徴収者」のことが話題になりました。剰余価値の受け取り手のなかに、資本家、地主、貨幣資本家だけでなく、「諸君が望むなら税金徴収者をこれにくわえてもよい」と、マルクスは書いています ((服部文男訳『賃労働と資本/賃金、価格および利潤』新日本出版社、古典選書シリーズ、156ページ。))。

もちろん、ここでマルクスが言っているのは、税務署の職員のことではなくて、徴税主体である国家のことです。そして、社会全体の労働を、労働者の必要労働部分とそれ以外の剰余労働部分とに大別すれば、税金が剰余労働に含まれることは明らかです。

しかし、そもそもこの時代の税金って、どうなっていたんでしょうか? そもそも、労働者が納めるような税があったのでしょうか? そこで、またもやあれこれと調べてみました。

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Glass Blowingの作業工程

先日、「ガラスビン製造マニュファクチュアがわからん…」という記事を書いたら、先輩から“The Encyclopedia Americana, International Ed. の Glass Blowing に詳しく載ってるよ”と教えていただきました。

読んでみると、たとえばガラス吹きのチームについて、次のように書かれています。

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ガラス瓶の作り方

Youtubeで、ガラス瓶の製造工程の動画を見つけました。他にもいろいろあるようです。

http://www.youtube.com/watch?v=NVKcISj2LfA

残念ながら、マルクスが書いているようなマニュファクチュア的なガラス瓶製造ではなくて、機械によるものです。それでも、なるほどと思うことがいろいろありました。

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ガラスビン製造マニュファクチュアがわからん…

『資本論』第12章「分業とマニュファクチュア」第3節の終わり近くに、イギリスのガラスビン・マニュファクチュアのことが出てきて、1つのガラス窯に5人の労働者が組みになって仕事をしていると書かれています(ヴェルケ版367ページ、原注(40)の出てくる少しあとの部分)。そのこと自体は分かりやすいことなのですが、問題は、その労働者の「○○工」という名称の翻訳です。

たとえば、新日本出版社の上製版『資本論』では、次のような翻訳になっています。

一つのガラス窯の同じ口のところで一つの群が労働しているが、この群はイギリスでは「穴」と呼ばれていて、(1)壜製造工すなわち(2)壜仕上工一人、(3)吹き細工工一人、(4)集め工一人、(5)積み上げ工すなわち(6)磨き工一人、および(7)搬入工一人から構成されている。(新日本出版社、上製版『資本論』Ib、601ページ)

「壜製造工」、「壜仕上工」や「吹き細工工」は、ほんとうにガラスビン製造工房でそんなふうに呼ばれていたかどうかは別にして、だいたいなんとなく何をする労働者か分かります。しかし、それ以外の「集め工」「積み上げ工」「磨き工」「搬入工」になると、なにをする労働者なのかよく分かりません。たとえば「集め工」「積み上げ工」は、なにを集め、なにを積み上げるのでしょうか。それに、「積み上げ工」と「磨き工」がなぜ「すなわち」でつながれているのかも分かりません。「搬入工」もなにを搬入するのか不明です。

この部分、原文では、こうなっています。ご覧になって分かるように、これらの職種名はすべて英語で表記されています。

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マルクスの時代、1ドルはいくらぐらいの値打ちがあったのか?

「マルクスの時代の1シリングは、いまの円に直すといくらぐらいだったのだろうか?」という記事を書いたところ、「じゃあ、マルクスの時代、1ドルはどれぐらいの値打ちがあったのか?」という質問をいただきました。

そこで、また調べてみました。

平凡社『世界大百科事典』によると、ドルの金平価は、1837年に1ドル=金23.22グレーン(1グレーンは0.064g)とされたあと、1861年に南北戦争のために正貨との交換が停止され、1879年に兌換を再開。このドルの金平価は、世界大恐慌後の1934年に40.94%切り下げられ,1ドル=金13.71グレーン(金1トロイオンス=35ドル)となるまで続いたようです。

ということで、あとは計算。

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マルクスの時代の1シリングは、いまの円に直すといくらぐらいだったのだろうか?

ひょんなことで、「マルクスの時代の1シリングというのは、いまの円に直したらいくらぐらいになるのか?」 という質問を受け、少し調べてみました。

1シリングという通貨単位は現在は廃止されてしまっています ((1971年2月13日をもって、1ポンド=100ペンスに切り替えられた。))が、かつては1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンスでした。さらに、マルクスの時代は、金1オンスの公定価格は3ポンド17シリング10ペンス半でした。ですから、現在の金1オンスの価格がわかれば、当時の1シリングが何円ぐらいに相当するか計算することができます。

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『剰余価値学説史』はどう読めばよいのか(3)

『1861-63年草稿』220ページ(MEGA II/3.2 S.335)

さて、『剰余価値学説史』の続き。大月書店『資本論草稿集』第5分冊の170ページから。

マルクスは、「今度は、スミスについて考察すべき最後の論点――生産的労働と不生産的労働の区別――に移る」と書いているが、こんなことを書きながら、{}で括りながら、「あらかじめ、前述のことについてもう1つ」といって、再生産論にかんする書き込みをしている。ここで注目されるのは、次の部分。

年々の労働の生産物がそのうちの一部分をなすにすぎないところの年々の労働生産物が、収入に分解する、というのはまちがっている。これにたいして、年々の個人的消費に入っていく生産物部分が、収入に分解する、というのは正しい。(170ページ下段)

後半の「年々の個人的消費に入っていく生産物部分が、収入に分解する」というのは、再生産表式を使って説明すると、こういうこと。

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『価値、価格および利潤』の前書き

Karl Marx "Value, Price and Profit", George Allen & Unwin Ltd., London, 1941

『賃金、価格および利潤』(英語版の書名はValue, Price and Profit)が発行されたとき、編者による前書きがつけられたのですが、いろいろな邦訳をみても、これまでその前書きを読んだことはありません。

ということで、またもや海外のネット古書店で、英語版の手に入れてみました。

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