いいところを狙ってはいるのだが… 『大飢饉、室町社会を襲う!』

清水克行『大飢饉、室町社会を襲う!』(吉川弘文館)

応永27年(1430年)を中心とした大飢饉。寛正の大飢饉(寛正元?2年、1460-61年)とならぶ、室町時代の2大飢饉。この大飢饉に襲われたとき、上は将軍・室町殿から下は市井の人々まで、室町時代の人々はどうしたか? それを、地球史的な気候変動(この時期は「小氷期」に入っていたらしい)を踏まえつつ、当時の資料から解き明かそうという本です。

しかし、読み終わってみると、興味深い素材はいっぱいあるし、狙いもいいのだけれど、掘り下げが足らず、せっかくの材料を生かしきれていないという印象を持ちました。「小氷期」という気候変動的な枠組みも、「小氷期に入っていた」と書かれているだけで、地球史的な話はありません。帯に「ドキュメント、応永の大飢饉」と書かれている割りには、応永の大飢饉のとき日々どんなことが起こったのか、ドキュメンタリーな記述があまりありません。

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古墳時代の前までは日本の親族は双系だった

田中良之『骨が語る古代の家族』(吉川弘文館)
田中良之『骨が語る古代の家族』(吉川弘文館)

人の「歯」を使って、縄文時代、弥生時代、古墳時代の墓に埋葬された人骨の血縁関係を調べた本。

歯冠の形には高い遺伝性があるそうで、それを使って、1つの墓、墳墓、あるいは集団墓に埋葬されている人たちの血縁関係を調べるというものです。その結果、明らかになった結論は、

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婦唱夫随? 脇田修・晴子『物語 京都の歴史』

脇田修・脇田晴子『物語 京都の歴史』(中公新書)

1月刊の中公新書、脇田修・脇田晴子ご夫婦による『物語 京都の歴史』。戦国時代までを奥様の脇田晴子氏が、近世以降を修先生が書かれています。

本書の特徴の1つは、平安遷都からではなく、原始・古代の京都から始まっているところ。そして、最後は駆け足になっていますが、明治維新から戦前・戦後の京都まで、エピソード満載。文字通り京都の歴史が一望できる、という仕組みになっています。

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遠山茂樹『福澤諭吉』

一昨日から、遠山茂樹先生の『福澤諭吉』(東大出版会)を読み始めています。初版1970年で、「近代日本の思想家」シリーズの1巻として出版されたものです。シリーズで最後まで未刊となっていた『吉野作造』(松本三之介著)が、来春いよいよ刊行されるということで、既刊分も一括復刊されました。

仕事との関係で、いろいろと日本近現代史の本を勉強しています。福澤諭吉については、これまでまともに勉強したことがありません。しかし、彼をどう評価するかは日本の近代化をどう考えるかという点にもかかわる大事な論点なので、少し勉強してみたいと思います。

小和田哲男『戦国の城』

小和田哲男『戦国の城』(学研新書)

お城といっても、江戸時代のお城ではなく、中世、戦国時代のお城の話です。

戦国時代のお城は僕も大好きで、たとえば東京周辺には、八王子城武蔵滝山城(ともに八王子市)とか鉢形城(埼玉県寄居町)など、後北条氏のお城があちこちにあります。

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宮地正人『幕末維新期の社会的政治史研究』

宮地正人氏の『幕末維新期の社会的政治史研究』から、とりあえず主だった論文を読み終えました。

宮地氏の明治維新史研究は、あとがきで「それまでの明治維新史研究では、私としては理解困難だった諸点の解明を通じての、自分なりの政治過程の論理的把握」と書かれているように、いわゆるオーソドックスな明治維新史からみると、かなりユニークです。しかも、過激なほどに「社会的政治史」に絞り込んで、明治維新の政治過程を描かれています。

本書に収められている論文でも、そうした圧縮された宮地流明治維新論が展開されています。

第1章 幕末維新期の政治過程(初出「幕末維新期の国家と外交」、『講座日本歴史 近代1』東大出版会、1985年)
第2章 幕末維新期の若干の理論的諸問題(「維新変革と近代日本」、『シリーズ日本近現代史1』岩波書店、1993年)
第7章 維新政権論(『岩波講座 日本通史』)
第8章 廃藩置県の政治過程――維新政府の崩壊と藩閥権力の成立(『日本近代史における転換期の研究』山和香出版社、1985年)

で、これらに書かれた宮地流明治維新論をまとめたいのですが、まともに近代史を勉強したことのない僕には、かなり荷が重い作業です。

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大石嘉一郎『日本資本主義百年の歩み』を読み終えました。

大石嘉一郎『近代日本地方自治の歩み』(大月書店)大石嘉一郎『日本資本主義百年の歩み』(東京大学出版会)

大石嘉一郎氏の『近代日本地方自治の歩み』 (大月書店、2007年)に続いて、買ったままになっていた『日本資本主義百年の歩み』(東京大学出版会、2005年)を読み終えました。

いわゆる正統派の立場から、通史的に書かれているので、特別“これが目新しい”というところがある訳ではありません。それでも各章の末尾に、長めの注がつけられていて、明治維新の性格をどうみるか、日本の産業革命をどうとらえるか、大正デモクラシー(「護憲三派内閣」)の評価などなど、研究史上も論争的な問題についての大石氏の考え方が端的に書かれていて、非常に勉強になりました。

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こんなの出てました――中公文庫『日本の歴史』別巻

中公文庫『日本の歴史』別巻<対談・総索引>(中央公論新社)

1965年から1967年にかけて刊行された中央公論版『日本の歴史』は、昨年、中公文庫の新装版で再刊されましたが、こんどその「別巻」が出版されました。中身は何かというと、最初に『日本の歴史』が刊行されたときに挟み込まれていた「付録」に掲載されていた各巻執筆者と著名人との対談集です。

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井上勝生『幕末・維新 シリーズ日本近現代史<1>』(岩波新書)

井上勝生『幕末・維新 シリーズ日本近現代史<1>』(岩波新書)

「維新史を書き直す意欲作」という宣伝文句。もちろん、この間の資料発掘や研究によって明らかになった新事実をもりこんだ最新の通史という意味で、僕自身、いろいろ勉強にもなったし、なるほど考えなおさないといけないなと思ったところもたくさんあります。

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井上清『日本現代史<I> 明治維新』を読み終えました

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『日本通史<III> 国際政治家の近代日本』の宮地正人氏が解題を書いているということで、2001年に再刊された井上清『日本現代史<I> 明治維新』(東大出版会、親本は1951年刊)を手に入れて読みました。大学に入ったばかりのころに読んだ記憶はあるのですが、内容はまったく忘れてしまっていました。(^^;)
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ノート:宮地正人『日本通史<III> 国際政治下の近代日本』(1)

故あって、宮地正人『日本通史<III> 国際政治下の近代日本』(山川出版社、1987年)を読み始める。19年前の本だけれども、日本の近現代史を一つの立場で俯瞰してみせた希有な通史として、いろいろと勉強になる。

本巻のはじめに

ここでは、宮地氏の基本的な視点が明らかにされている。

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追悼 峯岸賢太郎先生

都立大学の峯岸賢太郎先生が、11日、亡くなられていたことを新聞で知りました。

峯岸先生とは、学生の頃から部落研の研究会でしばしばお世話になりました。最近は僕が研究活動を離れたため、年賀状のやりとりをさせていただいていただけでしたが、2年前、佐々木潤之介先生の偲ぶ会で久しぶりにお会いしたら、すっかり頭が白くなって背中が曲がってしまっておられて、びっくりしました。それでも、お酒を片手に佐々木先生の研究について熱弁をふわれておられたのが印象的でした。また、最近の年賀状に「最近、地域の九条の会を始めました」などと楽しいそうに書かれていて、まさに意気軒昂という感じでした。

日本近世史が専攻だったのに、2000年には『皇軍慰安所とおんなたち』(吉川弘文館)を出版。こういうところにも、積極的に研究を切り開いていく先生の姿勢が現われていたと思います。

まだ62歳。まったくもって残念でなりません。

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読んでいます 中公版・日本の歴史『開国と攘夷』

小西四郎『開国と攘夷』(?公文庫 日本の?史<19>

先日の歴史教科書シンポジウムの討論のときに、琉球大学教授の高嶋伸欣さんが、日本の対アジア観という大事な問題に関連して、小西四郎著『開国と攘夷』(中央公論社版日本の歴史<19>、親本は1966年刊)を紹介されていました。ちょうど中公文庫で改版新刊が出たとろだったので、早速読み始めました。

高嶋氏が紹介していたのは、幕末に、日本がアメリカやイギリス、フランスなどに開国をせまられたとき、列強の植民地にならずにすんだのはなぜかという問題。この問題は、しばしばインドや中国が「遅れていた」のにたいし、日本は「進んでいた」から植民地化の危機を乗り越え、アジアで唯一独立をたもち、「近代化」にも成功した、というふうに論じられるのですが、高嶋氏は、そういう独りよがりな見方でよいのか、そういうところこそ、アジアが日本の歴史認識の問題としていちばん注目するところだというのです。
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腰痛4日目…吉田孝『歴史のなかの天皇』

今日は、職場の机の並び替え作業をおこないました。といっても、僕は腰痛なので、机を運んだり動かしたりするのは他の人に任せ、パソコンとLANの配線を担当。机を動かすために、いったん外したパソコンのケーブルやらLANやらをつなぎ直して回るだけなのですが、各種ケーブルが束になってごちゃごちゃからまってしまっていて、結構手間がかかってしまいました。

そのせいか、午後になって再び腰が痛み始めてしまいました。う〜む、これは困った…。

吉田孝著『歴史のなかの天皇』(岩波新書)

ところで、出勤途中の電車の中で、1月の岩波新書、吉田孝著『歴史のなかの天皇』を読み終えました。古代史が専門の吉田先生ですが、中世、近世から近代、現代の天皇制まで話が及んでいます。古代については、いろいろ勉強になることがいっぱいありました。

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甘樫丘で7世紀の建物跡見つかる

蘇我入鹿の邸宅跡ではないかと大きく報道されていますが、よく読むと、今回発見された建物跡はいずれも小さいもの。まだ入鹿邸宅跡と断定することはできないようです。

蘇我入鹿の邸宅跡か 奈良・明日香村ふもとで建物跡出土(朝日新聞)
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森本忠夫『マクロ経営学から見た太平洋戦争』

森本忠夫『マクョ??営妣??ら見た太平洋戦争』

著者の森本忠夫氏は、1926年生まれ。戦時中は海軍航空隊員として太平洋戦争に従軍。戦後は東レ取締役、東レ経営研究所所長などを務められた方。本書は、1985年に文藝春秋社から『魔性の歴史』というタイトル(これは、荒木二郎宛の手紙で米内光政が使った言葉なのだそうです)で出版され、これまでにも文春文庫、光人社文庫などから再刊されてきたものです。

本書で森本氏は、日本が、いかに無計画、場当たり的で、現代的な総力戦をたたかう体制もなければ計画もないまま、対米戦争につっこんいったかということを詳しく明らかにされています。たとえば、日本はアメリカに資源を禁輸されたので、やむをえず東南アジアの資源を確保するために戦争にすすんだといわれることがありますが、戦争によって東南アジアを獲得し、そこから資源を日本に輸送しようと思ったら、輸送用船舶も必要だし、それを護衛する海上護衛艦も必要になるのに、そうした計画がまったく検討されていなかったうえに、戦況が悪化すると、民間の船舶建造を中止して軍艦などの建造にむりむけざるをえなくなったし、護衛艦船を戦闘に動員し、結局、航路帯を放棄せざるをえなくなったこと、その結果、結局、南方の資源を確保したものの、あまり日本に輸送できなかったことを明らかにしています。つまり、「資源確保のため」といいながら、資源活用に必要な準備はなかった、ということです。
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山中恒『アジア・太平洋戦争史』

山並??『アジア・太平洋戦争史』

山中恒さんの『アジア・太平洋戦争史――同時代人はどう見ていたか』(岩波書店)をようやく読み終えました。全体で600ページを超える大著ですが、はまりこんで夢中になって読み進めることができました。

本書が対象としているのは、主要には、1931年の「満洲事変」から1945年の敗戦までのいわゆる15年戦争ですが、話は、明治維新直後の「国軍の創設」から始まり、日清・日露戦争から、孫文の辛亥革命、そして1914年の「対華21カ条条約」と、明治以来の日本の朝鮮・中国侵攻の歴史全体に及んでいます。
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佐々木潤之介『江戸時代論』 途中経過報告

先日いただいた佐々木潤之介先生の『江戸時代論』(吉川弘文館、9月10日刊)ですが、行き帰りの電車の中で一生懸命読んでいます。

まだ第1部「社会史的江戸時代史」を読み終えて、第2部「日本・朝鮮・中国」に入ったところですが、ここまで読んでみて、先生がこの本で論じようとしたことが、スケールが大きくて、非常に今日的な問題であることが分かってきて、ますます引き込まれています。

なぜ明治維新が「王政復古」の形をとらなければならなかったのか? なぜ日本の幕末には、中国の太平天国の乱や朝鮮の甲午農民戦争(いわゆる東学党の乱)のような「民乱」が生じなかったのか? それを兵農分離、幕藩制国家の特質として考えようというのです。ほんとにこんなに風呂敷を広げちゃって大丈夫?と心配になるほどですが…。