『資本論』本ブーム

咲木英和『誰もが読める「資本論」』(新生出版)

今日、書店へ行ったら、こんな本を見つけてしまいました。

咲木英和『誰もが読める「資本論」』(新生出版)。著者は奥付によれば元中学校の先生。出版社はいわゆる自費出版系の会社です。「『資本論』は労働者のために書かれた」けれども、「このままではこの大著は歴史の中に埋もれてしまう」という危機感から、『資本論』第1部の内容を分かりやすく紹介したものです。

ぱらぱらとめくった限りでは、長谷部文雄氏の翻訳をベースに、『資本論』の太い筋をきちんと追いかけているように思います。あまり『資本論」からの引用を多用せず、『資本論』の内容を自分の言葉で説明しながら、そこに日本の歴史や現状をおりまぜて、現在の読者が近づきやすく読みやすくなるような工夫をしているようです。

著者は、「資本の法則」をつかんで、「貧しい者同士」が手を結んで行動することを呼びかけています。特定の政党を押しだすようなことはしていませんが、「私達がこの社会の搾取の実態を知れば、選挙を通じて案外早く、搾取のない社会づくりができることもあります」(はじめに)と書いているところは、おもしろいかも知れません。

また、著者がベースにしているのは長谷部文雄氏の翻訳なのですが、今回この本を書くために、新日本出版社の『資本論』を買い込んで、長谷部訳と比べながら『資本論』を読み返したとも述べられています(あとがき)。日本の『資本論』翻訳史の一番蓄積の分厚いところを、オーソドックスにたどっているところに、『資本論』に向かう著者の姿勢が感じられるように思います。

ただ、著者の「搾取のない社会づくり」というのが、独占企業やJR、郵政などこの巻民営化された公共企業の国有化だというあたりはいささか時代がかっているような気がします。

また、第4編「相対的剰余価値の生産」や第7編「資本の蓄積過程」第24章「いわゆる本源的蓄積」などでは、マルクスが『資本論』でイギリスの事例をおりまぜながら論を展開したところがわりと忠実に紹介されているにもかかわらず、第3篇「絶対的剰余価値の生産」第8章「労働日」の第5節「標準労働日のための闘争」という、一番おもしろいところが、どうしたことか、すべて明治維新以来の日本資本主義の歴史に書き換えられていて、マルクスがイギリス労働者階級の標準労働日獲得の闘争から何を重要な問題としてつかみだしたのか、という大事なところがまったく抜け落ちてしまっているのが残念です。

それにしても、『資本論』にかかわる本が、ほんとうに次々と出版されていますねぇ?

木暮太一『図解これならわかる! マルクスと資本論』(青春出版社)

こちら↑は、2年前に『マルクスる?』を出版した木暮太一氏が初めて監修者としてまとめた本です。『図解これならわかる! マルクスと資本論』(青春出版社)とあるとおり、解説は右ページ、左ページはイラストや図解という構成でわりと要領よく分かりやすくまとめられています。数カ所、勘違い的な小さなミスがありますが、島耕作のマンガを使った『知識ゼロからのマルクス経済学入門』(幻冬舎)の解説のお粗末ぶりなどとは比べ物にならない、よい出来だと思います。

神津朝夫『知っておきたいマルクス「資本論」』(角川ソフィア文庫)

こちら↑は、角川ソフィア文庫の「知っておきたい」シリーズの1冊として出版された神津朝夫『知っておきたいマルクス「資本論」』。『資本論』第1部の範囲を対象としていますが、章・節の組み立ては独自に再構成されています。

著者は1953年生まれで、早稲田の学生の頃から向坂逸郎氏の自宅で開かれていた資本論勉強会に参加したという人物。当然、引用している『資本論』は向坂訳。そして、新社会党が大阪で開いた資本論入門講座での講義をベースにしたと書かれています。ということで、いわゆる協会派(労農派)の『資本論』解説本ということになりますが、御本人は「政治運動にはほとんどかかわらなかった」とのこと、そして、ソ連のアフガニスタン侵略をきっかけに「向坂先生からも、その人脈からも距離を置くようになった」と書かれています。また引用は向坂訳によるとしながら、一部は新日本出版社版などを参考にして訳語をあらためたと断っているのが注目されます。

池上彰『高校生からわかる「資本論」』(集英社)

さらに、こんなの↑も近々出版されるようです。池上彰『高校生からわかる「資本論」』(集英社)。著者は、分かりやすい解説で僕もよく見ていたNHK「週刊こどもニュース」の元お父さん(キャスター)。NHKを辞めてから、いわゆる時事問題の解説本なるものをいろいろと出しているようですが、はたして『資本論』はどうでしょうか。まだ発売前なので内容不明です。(^^;)

このほかにも、昨年9月には、嶋祟『いまこそ「資本論」』(朝日新書)というものも出ています。

それにしても、『資本論』本やマルクス本の出版が相次いでいますね。玉石混淆で、そのうえ、中にはマルクスを紹介しているようで実はマルクスを否定・批判しているようなマルクス本もあって、内容はまちまちです。それでも、これだけ数多くの『資本論』本やマルクス本が出版され、全部でいったいどれぐらい売れているのでしょうか? さらに、どんな人たちが買っているのかも知りたいところですね。(^^;)

それはともかく、こうした本で新しくマルクスや『資本論』に触れる人たちが、これまでになくたくさんいることは確か。そして、そうした人たちの圧倒的大部分に私たちの手がおよんでいないことも、ほぼ間違いありません。新しくマルクスや『資本論』に触れた人たちの関心に、私たちがどうこたえていくのか。そして、この関心の新しい広がりを、どうやって日本社会の変革に結びつけていくのか――私たち自身がもっと真剣にマルクスと向き合っていかなければならないと思います。

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