日経新聞、製造業派遣禁止の動きに反論を試みるが、その論拠はお粗末

昨年来の「派遣切り」「非正規切り」で、雇用問題をめぐって、世論は大きく動き始めた。これまで慎重だった民主党まで、社民党・国民新党と製造業派遣禁止に踏み込んだり、厚生労働大臣までが製造業派遣の禁止を言いだした。

そのなかで、「日本経済新聞」が「派遣規制では解決せぬ」「性急な規制は逆効果」と、財界側にたって反撃を開始した。

しかし、その反論はお粗末だ。

社説 雇用激震に備え短期・中長期の対策急げ(NIKKEI NET)
製造業派遣、見直しに溝 与党と民主(NIKKEI NET)

「日経新聞」が「派遣規制では解決せぬ」という論拠にあげているのは、「工場側にとって派遣社員は直接雇用の期間工を雇うのに比べ社会保険手続きなどを派遣会社に任せられる利点がある」ということに尽きている。しかし、これは、いま「派遣切り」といわれて大問題化している、「クビを切りやすい雇用」そのものではないか。

「すぐに仕事に就けるなどの理由で自ら派遣での就労を希望する人も増えている」などというのも、すでに破綻してしまった弁解でしかない。この間の「派遣切り」で実態が明らかにされたように、いったん派遣などで働き始めると、賃金は安く、会社の寮に入ると割だかな寮費を天引きされて、いつまでたっても自分でアパートを借りるカネも貯められず、結局、寮付きですぐに働ける職場を探さざるをえなくなる。これが、製造派遣の実態ではないのか?

それが、急激な「派遣切り」で社会の前に公然と明らかになったからこそ、「製造派遣まで自由化したのは見直すべきだ」という議論がわきおこっているのだ。そんなときになって、こんな反論しかできないというのは、経済新聞として、まったく情けない話だ。

「派遣失業者にとって、今のようなときこそ1日単位で仕事を見付けられる日雇い派遣はありがたいものではないか」と言うにいたっては、開き直り以外のなにものでもない。だいたい、「いまこそ日雇い派遣だ」というが、その日雇い派遣の仕事さえ、どんどんなくなっているのをご存じないのだろうか。

もちろん、製造業派遣を禁止したからといって、現在の雇用危機が解決する訳ではない。その限りでは、「派遣規制では解決せぬ」のはそのとおりだ。しかし、そんなことは日経新聞に指摘してもらうまでもなく、だれだって分かっていること。現在の雇用危機は、アメリカ発の「ばくち経済」「カジノ資本主義」の破綻に端を発しているのだから、製造業派遣の禁止で解決しないことは子どもでも分かる理屈だ。

社説で大上段にかぶって批判するのであれば、いったい誰がそんなことを主張しているのか、ぜひ「日経新聞」には明らかにしてもらいたい。誰も言ってもいないことを、さも誰かが言っているかのように主張して、批判を加える――これでは、でっち上げか記事の捏造。ジャーナリズム失格だ。

社説 雇用激震に備え短期・中長期の対策急げ

[日本経済新聞 2009年1月8日付朝刊]

 景気失速の影響で、今年は雇用情勢の一段の悪化が避けられない情勢だ。昨年11月の完全失業率は3.9%と極めて深刻という状況には至っていない。だが鉱工業生産の急激な落ち込みなどから判断すると年央にかけ失業者が増える恐れは強い。
 まさに雇用激震の年になる。それに備えて国や地方自治体、また経営者と労組団体は総力を挙げて対策を考え、実行しなければならない。

派遣規制では解決せぬ

 昨秋以降に目立ってきた派遣など非正規社員の失業問題に対する短期の対応策と、新しい雇用慣行・制度を整える中長期の対応策を組み合わせて実効性を高めることが必要だ。
 景気の落ち込みの影響が強く出たのが電機、自動車など輸出型の製造業で働く派遣社員や期間工だ。雇用調整のしわ寄せが非正規社員に集中しているという見方が強まり派遣事業への規制強化が検討され始めた。
 年明け後、舛添要一厚生労働相が将来は製造業への派遣を制限する考えを表明した。民主党など野党4党も製造業派遣の規制を盛り込んだ法改正案を今国会に出すという。
 製造業への労働者の派遣事業が解禁された2004年以降、各地の製造現場では直接雇用の期間工などを派遣に置き換える動きが広がった。舛添氏の考え方、野党の案ともに細部は不明だが、04年以前の状態に戻すことを狙っているようだ。
 この規制強化は労働市場を不安定にする副作用がある。工場側にとって派遣社員は直接雇用の期間工を雇うのに比べ社会保険手続きなどを派遣会社に任せられる利点がある。働く側からみると派遣制度がないのと比べ雇われやすい。また、すぐに仕事に就けるなどの理由で自ら派遣での就労を希望する人も増えている。そうしたことを考えると多様な雇用形態を残しておくのが望ましい。
 日雇い派遣を原則禁止するために政府が国会に出し継続審議になった法改正案も問題が多い。派遣失業者にとって、今のようなときこそ1日単位で仕事を見付けられる日雇い派遣はありがたいものではないか。
 規制強化に走るのは賢いやり方ではない。国が真っ先に取り組むべきなのは、財政資金や雇用保険に積み立てたお金をうまく使い、緊急避難的に仕事を提供したり失業者が次の職場を遅滞なく見付けられるよう職業訓練をしたりすることだ。
 政府・与党は昨年末、3年間で総額2兆円規模の雇用対策を決めた。その裏付けとなる今年度の第2次補正予算案などを早く成立させなければならない。情勢を冷静に見極め必要なら追加対策も検討すべきだ。
 即効性が高いのは公共事業の前倒し執行だ。1990年代に失業対策事業として公共投資を大盤振る舞いしたのと違い、今は使えるお金が限られる。各地域の経済活性化につながる道路の整備などを厳選して事業化を急いでほしい。首都圏では羽田、成田空港への時間距離の短縮に役立つ交通網などが対象になる。
 厚労省は雇用保険の加入条件を、雇用見込み1年以上から半年以上に広げる法改正案を準備している。これも早く成立、施行させる必要があるが、非正規社員の安全網をより強固にするために、その条件をさらに緩和することも検討課題になろう。
 慢性的な人手不足に悩む高齢者介護や保育、また農業や森林管理などの分野に製造業から人を円滑に移すために、職業訓練を充実させる必要もある。雇用保険の積立金はそのためにあるが、「私のしごと館」で悪名が高まった雇用・能力開発機構に委ねるのは効率性や効果の観点から望ましくない。訓練の場は民間が主体であるべきだ。訓練を受ける人に直接、補助を出すバウチャー(利用券)制度も導入してほしい。

ワークシェアも選択肢

 1人あたりの労働時間を縮めて仕事を分け合うワークシェアリングができる環境を政労使が整えることも課題だ。企業・業種によっては有効な選択肢になる。正規社員の待遇が悪くなっても、非正規社員を含めた雇用維持のためにはやむを得ない。
 中長期対策の柱は、流動性が高い真の労働市場を育てることだ。職業訓練の充実や学校教育の改革によって誰もが手に職を持つようになれば、一時的に仕事からあぶれても苦労せずに次の仕事に就く機会が広がる。そうした基盤を整えることで、望まないのに生涯を非正規社員として過ごす人を減らせるはずだ。
 雇用の流動性を高めるには正規、非正規社員の間の均等待遇の確立が求められる。企業が社員をどれだけ解雇しにくいかを経済協力開発機構が指数化したところ、日本は正規社員が手厚く守られている半面、非正規社員の保護の度合いは著しく低いという結果が出た。同一労働・同一賃金の原則とともに、この格差緩和も考えなければならない。どちらかといえば正規社員の既得権維持に熱心な連合に意識改革を望みたい。

製造業派遣、見直しに溝 与党と民主

[NIKKEI NET 2009/01/08 07:01]

 「難しい状況だと理解しているが、民主党の考えをいま一度しっかりまとめ上げていただきたい」。民主党の鳩山由紀夫幹事長は7日の「次の内閣」会合で頭を下げた。同日午前、菅直人代表代行と社民党の福島瑞穂党首が、製造業への派遣禁止や雇用保険の対象拡大を検討する方針で一致したのを受けた「党内調整」だ。
 民主党は昨年4月に日雇い派遣禁止などを柱とする労働者派遣法改正案を了承済み。製造業への派遣禁止は見送った経緯がある。支持団体である連合が「逆に失業者を増やす」などと懸念しているため。ところが、雇用問題を今国会の争点に据える小沢一郎代表が、規制強化を求めるほかの野党との共闘を重視するよう指示。方針転換した。(07:01)

↑この記事には、ご丁寧に、記事よりも長い署名入りの解説がくっついている。

性急な規制は逆効果

[日本経済新聞 2009年1月8日付朝刊]

 製造業派遣の見直し論が急浮上している。規制強化は雇用機会拡大に逆行しないか、見極めが必要だ。性急な規制は逆効果になりかねない。
 工場など製造現場への労働者派遣は2004年3月施行の改正労働者派遣法で解禁された。雇用が負債、設備と並ぶ「3つの過剰」と見なされ、日本のバブル経済崩壊後の企業経営でなお重しとなっていた時期だ。
 規制緩和は多様な働き方を認め、雇用のミスマッチを解消することに主眼があった。欧米では人材派遣会社の売り上げに占める製造業派遣の割合が5-7割に達するという。経営側にとって派遣は直接雇用する期間従業員に比べ、安い労務費で要員確保が迅速にできる。請負と比べても現場の工程管理がしやすい。

雇用機会を拡大

 解禁を受け、自動車や電機など製造業が緊急増産要員として派遣社員を受け入れた。厚生労働省によると、製造業で働く派遣労働者数は07年6月時点で前年比92.6%増の46万人強に達し、雇用機会拡大に一定の役割を果たした。
 派遣労働の柔軟さは減産時の反動の大きさを伴う。同省によると今年3月までに職を失うとみられる非正規労働者は約8万5000人。業種別では製造業が96%を占め、雇用形態別では派遣が3分の2強を占める。
 だが、製造業への派遣を禁止すれば雇用が改善するとは言い切れない。「昔も今も製造業は景気変動の影響を和らげるために非正規雇用を必要としている。規制緩和前に戻れば今度は請負や期間従業員が職を失いかねない」 (八代尚宏国際基督教大教授)。企業の中には「将来の増産時に機動的に人材を集められなくなる」との懸念も出ている。コスト増を嫌って国外への生産シフトが進めば、正規労働者にも影響が及ぶ。

二極分化を懸念

 急激な雇用悪化は非正規労働者への安全網の不備を浮き彫りにした。政府は今国会に雇用保険法改正案を出し、保険適用に必要な雇用見込み期間を1年以上」から「6カ月以上」に縮める方針だが、なお網の目からこぼれる労働者は多い。社会保険の適用拡大はもちろん、非正規労働者が低賃金から抜け出すための教育訓練など包括策が課題となる。
 経済協力開発機構(OECD)は08年版対日経済審査報告で「日本の正規労働者と非正規労働者の賃金格差は生産性の差をはるかに上回っている」と指摘し、「デュアリズム(二極分化)」の拡大を懸念している。
 日本経団連の御手洗冨士夫会長が雇用を守る選択肢として挙げたワークシェアリング(仕事の分かち合い)は正規労働者にとり労働時間と収入を減らす痛みを伴う。「非正規」の雇用悪化は正規労働者にとって対岸の火事ではない。(編集委員 奥村茂三郎)

↑こっちの解説記事もほとんど同じだが、「規制緩和」の先頭に立ってきた政府の経済財政諮問会議の民間議員で、自分は国際基督教大学教授という正規雇用の場にいながら、「正社員と非正社員の格差是正など不可能」と言い放って恥じない八代尚宏氏 ((ちなみに八代尚宏氏は、経済学者のふりをしているが、もとをただせば経済企画庁の役人で、アメリカへ留学して学位を取って「学者」に転身した官製エコノミスト。))ぐらいしか、引き合いに出せないところに、「日経新聞」の主張の立場のなさがよく現われている。

製造業派遣が「雇用機会を拡大」したと言っても、それは所詮、ちょっと景気が悪くなると、すぐにクビを切られるような「雇用機会」でしかなく、しかも賃金は安く、雇用契約打ち切りとともに、寮からも追い出され、文字どおり路頭に迷うような「雇用」でしかなかったことを、この編集委員は分っているのだろうか? 「二極分化を懸念」などと書いて、格差の拡大を心配するようなふりをしているが、その「二極分化」をもたらしたのが製造派遣だったのだから、何をか言わんや、だ。

「ワークシェアリング」というなら、まず企業人は、年の瀬に失業して街頭に放り出された非正規労働者の「痛み」をまずシェアすべきだろう。それ抜きの「ワークシェアリング」論は、つまるところ、自分で非正規労働者を解雇して、失業者を増やしておきながら、こんどはその失業者を口実にして、正社員の労働条件まで引き下げようという議論にしかならない。

確かに、リーマン・ショックいらい製造業の落ち込みは激しいが、しかし、たとえばトヨタは、2008年9月中間決算で、13兆円以上の内部留保をかかえている ((トヨタ自動車の2009年3月期第2四半期決算短信の連結貸借対照表によれば、9月30日現在の「資本余剰金」と「利益余剰金」の合計は13兆1,649億円で、3月31日現在よりも2,588億円増えている。))。

まずは、それを取り崩して、非正規労働者の解雇を撤回して雇用を維持するところから、雇用危機解消の一歩が始まる。それが、国内の景気悪化をおしとどめ、日本経済を下支えすることにつながり、ひいては、製造メーカーにとっても内需拡大となって返ってくるのだ。経済専門紙ならば、そうした大所高所にたった論を期待したい。

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