韓国民主化の出発点 「光州5・18」

光州5・18パンフレット

ようやく見て参りました。昨日、映画の日に、シネカノン有楽町2丁目で。(今年6本目)

映画はどこから始まるのだろうか、朴正熙大統領暗殺事件やその後の民主化の動きなどはどこまで描かれるのだろう、と思っていたら、いきなり5月の、新緑がまぶしい光州の町外れの風景から始まりました。タクシーの運転手をしながら、弟をソウル大学法学部に進学させようとする兄ミヌ(キム・サンギョン)と、ちょっと松田翔太似の弟ジヌ(イ・ジュンギ)。そして、ミヌがあこがれる看護師のシネ(イ・ヨウォン)。

そこに、「極秘作戦」と称して韓国軍空挺特別部隊が投入され、民主化を求める学生を激しく弾圧。抗議は学生から市民に広がってゆきます。映画では、ミヌの同僚でお調子者のインボン(パク・チョルミン)や、チンピラのヨンデ(パク・ウォンサン)などなど、個性豊かな“庶民”が登場します。

事件に、ミヌ・シネの恋愛話をからませたことについて、いろいろ意見もあるようですが、僕は、この作品はあくまで映画であって、登場人物たちは芸術的創造としてなかなかうまく設定されていると思いました。

僕がこの映画を見ていて感心した、もう1つのことは、名優アン・ソンギ演ずるところのパク・フンスという空挺特別具体予備役大佐の存在。アン・ソンギがインタビューなどで語っているように、この予備役大佐の存在はまったくのフィクションです。予備役とはいえ大佐にまでなったような人物が学生や市民の蜂起に加わるはずがなかったと言うこともできるでしょうが、他方で、徴兵制がしかれ、誰もが兵役に就く韓国。退役した軍幹部経験者が市民側に加わるということは十分あり得ることです。僕は、詳しく知りませんが、アン・ソンギは、インタビューのなかで「市民軍に関わっていた人たちの中に、予備軍の中の中隊長や将校の人がいたはず」と語っています。

このパク・フンスだけでなく、戒厳軍の内部でも、市民を無差別に弾圧すべしという方針に矛盾を感じる幹部がいたことが描かれています。悪いのは全斗煥一味であって韓国軍は悪くないという擁護論かも知れないし、それなりに社会に根づいている軍にたいする必要な配慮だったのかも知れません。あるいは、実際に、そうした事実があったのかも知れません。徴兵制で、国民誰もが兵役につく国で、その軍が同胞市民に銃を向けるという事態の異常さをつくづく感じさせられました。

ラスト、道庁に立てこもった市民軍の人たちが、レシーバーを通じて、互いの名前を呼び合うという場面があります。映画「シルミド」でも、ラストで、反乱に立ち上がった兵士たちの名前が呼ばれます。名前を記憶する、ということにたいする思いの強さを感じさせる場面です。

28年前、僕は大学4年生でした。学食のテレビに映し出されたニュース映像を呆然とした思いで眺めることしかできなかったことを、いまのことのように思い出します。僕が、金大中事件(1973年)をきっかけに韓国に関心を持ち始めたとき、韓国は朴正熙大統領の「維新体制」(1972年「十月維新革命」)の真っ直中で、雑誌『世界』に掲載され、のちに岩波新書になった『韓国からの通信』を必死に読んだ記憶があります。それから28年、いったいどこに民主化の展望があるのだろうと思われた韓国社会は、光州事件を1つの芸術作品として映画化するところまで到達したのです。あらためて、民主主義をかちとるまでの韓国社会の苦しみと、民主主義をたたかいとった韓国国民の誇りを感じる作品でした。

「大統領の理髪師」を見たときに、簡単な韓国の戦後史年表を作ってみました。↓ご参考まで。
韓国の歴史

映画『光州5・18』 公式サイト

@nifty映画 – 『光州5・18』アン・ソンギ インタビュー

『光州5・18』アン・ソンギ インタビュー

 現在、公開中の映画『光州5・18』。1980年5月、韓国の南に位置する光州で、民主化を求める市民のデモに軍が発砲―5月18日に端を発したこの事件は、長い間、歴史の上で語られることがなかったという。「この事件を知らなかったことを申し訳なく思った」という1971年生まれのキム・ジフン監督がメガホンをとり、史料をもとに、事件当時の様子を、光州に生きていた普通の人々の視点から描き出したのがこの映画だ。そこに重要な役で出演しているのが、子役からキャリアをスターとさせ、数多くの作品に出演し、この人の出演作を辿れば、韓国の映画史を辿ることにもなるといわれている、国民的俳優アン・ソンギさん。韓国映画を守るスクリーン・クォーター制をリードする人物としても知られ、韓国映画界のみならず、韓国を背負っている印象のあるアン・ソンギさんだが、今回は、ひとりの俳優として、そしてひとりの人間として、この映画への思い、そしてプライベートにいたるまで、気さくな雰囲気でお話をお伺いした。

パク・フンスという役について

――出演を決められたのは?

 「私の家の近くのカフェで、監督のキム・ジフンさん、プロデューサーのリュ・インテクさんとお会いしたんです。この映画を撮るにあたって、俳優として、まず最初に私に連絡を下さいまして。「『光州5・18』と言う映画を撮るんだけれど、ご一緒していただけますか?」と。以前から歴史性のある作品、映画化するに値する作品を選択して出演してきたつもりでしたので、プレッシャーよりもうれしいという気持ちが先に立ちまして、その日にシナリオを見せて頂いて、「喜んでお引き受けします」とお返事したんです」

――アン・ソンギさんが演じられたパク・フンスは、元軍人で、民主化を求める市民に軍が発砲した後、市民軍を率いて抵抗しようとする人物ですよね。

 「この映画の登場人物は、だいたい事実をもとに描かれているんです。(『殺人の追憶』で都会の刑事を演じた)キム・サンギョンさんが演じているタクシー運転手も、実際にタクシー運転手で事件に参加した人がいましたし、(『王の男』で人気の)イ・ジュンギさん演じる高校生も、実際に高校生で犠牲になった人もいました。映画に登場するように、看護師として事件に関わった人もいますしね。でも、私が演じたパク・フンスという人物は、映画のために作られた人物。市民軍と戒厳軍との間の橋渡し…お互いの状況を物語る人物として設定されたんですね。とはいえ、市民軍に関わっていた人たちの中に、予備軍の中の中隊長や将校の人がいたはずなので、その人たちを代表するような人物という見方もできるかと思います」

――キャラクターの肉付けは、どのようにされたんでしょう?

 「理想的な姿をした人物と言いますか…弱者の味方になって、強いものに立ち向かっていく。非常に人間的な姿があったのではないかと思います。正義というものもしっかりとわきまえていた人で、もうひとつ加えるなら、いい父親でもあったと思います」

娘の父親を演じて

――本当に、いいお父さんでしたよね。アン・ソンギさんご自身には、息子さんがいらっしゃるとお伺いしています。この映画では、看護師をしている、とてもいい娘さんのお父さんでしたね。

 「娘がいたら、どんなによかっただろう…と思いましたね(ほほえみ)。妻ともよく話すんですよ。「娘がいたら、よかったね」って。娘だとかわいいから、注意して見ていてあげたりするじゃないですか。息子だと、男どうしということで、そこまではしないですよね。妻は、妻のお母さんと色々な話をよくするんですね。母親と娘は友達になれるそうなんです。でも、息子だと、父親とは友達になれても、母親とは友達とまではいかないような気がしますよね…本当にいつも娘がいたらいいなと思っているんですよ」

――映画の中の父娘像は、とてもしっくりきました。

 「映画の中で、パク・チョルミンさんというお笑い担当の俳優さんがいて、面白い役どころだったのですが、彼は助演が多いのですね。助演で立派な演技を見せてくれるのですが、舞台挨拶で「現場では輝いていたのに、編集の段階でかなり削られるパク・チョルミンです」と自己紹介をするんです(笑)。現場ではたくさんの分量を撮るし、彼自身も準備をして、キム・ジフン監督も全部撮ってくれるんですが、編集で減ってしまう(笑)。今回、私のシーンもだいぶ削られたんですよ。映画に出てきている以上に、もっと周りの人を助けたり、身を挺して人を助けたりするシーンがあったんです。イ・ヨウォンさん演じる娘との間にも、父親と娘の関係、情の部分がかなり描かれていたのですが、だいぶ削られてしまったので、キム・ジフン監督に「あそこも入れてくれたら…」ということをよく言っていました」

――残念ですね。それ、見たかったです。

 「ねえ、そうですよね!(笑)」

アン・ソンギさんの魅力のもと

――アン・ソンギさんは、これまでたくさんの作品で、本当に幅広い役をやっていらっしゃいますよね。どの映画を観ても、人間らしいあたたかみ、そういった魅力が感じられるような気がします。

 「作品を選ぶ時に、どうしても人間味のある人物を選択しているということは言えますね。中には人間性があまり感じられなかったり、あまりに冷たいなと思う話も頂くのですが、なんだか自分の中にしっくりこない部分がありまして、どうしても出演作を選ぶ際に、情が深い人間や、感動のある物語を選んでいる気がします。そうではない作品を選んだこともいくつかありますが、そうすると、演じていても辛かったり、つまらないなと思ってしまうところがありますので。人間味のある人物を演じるのも好きですし、観ている人も喜んで下さるので、「ああ、自分はこういう役をやるべきなんじゃないかなあ」と思います」

――プロフィールを拝見したら、囲碁・将棋が趣味とあったんですね。アン・ソンギさんの演技は、緻密できめ細やかですが、囲碁・将棋と聞くと、やはり緻密に何かをつめていく作業がお好きなのかな…なんて思ったりしたんです。

 「もしかしたら、そのプロフィールは20年ぐらい前のかもしれません(笑)。いまだにインターネットで掲載されているので。ほかに、ビリヤードとか、書いてありませんでした?(笑)」

――ありました(笑)。

 「妻が「なんで、そのまま放っておくの?いまビリヤードなんてやらないじゃない?」って言うんですが、いまだに載っているんです(笑)。でも、囲碁はいまでも好きなんですよ。ランニング・マシーンで運動する時に、囲碁の映像を置いておいて、走りながら見るんです。いま、アジアで、日本なら依田有司さんだとか、韓国のチョ・チフンさんとか、中国の方もいらっしゃるんですが、日韓中3ヶ国で囲碁の大会があるんですね。そういう中継もよく見ているんですが、囲碁というのは、打ち方だとか、そういうことよりも、何より雰囲気がいいと思うんですね。すごく落ち着いた雰囲気で、時間的にも余裕をもたなければいけないし、敢えて余裕をもとうとしますよね。そういうところがいいんじゃないかと思いますね。そういった意味で、囲碁は好きにならずにはいられませんね」

 余裕のある囲碁の雰囲気がお好きだというアン・ソンギさん。スクリーンの中で醸し出される大きな雰囲気の根元には、そんな秘密があるようです。終始、気さくな雰囲気で、飾らずインタビューに答えてくださる姿勢に、スクリーンの中の人間味あふれる魅力も納得、のひとときでした。(撮影・取材・文:多賀谷浩子)

韓国映画「光州5・18」出演 アン・ソンギ 現代史の闇に挑む(MSN産経ニュース)

韓国映画「光州5・18」出演 アン・ソンギ 現代史の闇に挑む
[MSN産経ニュース 2008.5.29 08:05]

 「この作品に出演できたことを誇りに思う」。公開中の韓国映画「光州5・18」(公開中)に出演したアン・ソンギは満足げな表情でこう話す。28年前、民主化を求める光州市民と韓国戒厳軍が衝突、多数の死傷者を出した光州事件は韓国現代史の悲劇としてタブー視され真相が隠されてきた。「重くつらいテーマですが、一映画人として、いつか必ず描くべき作品だと思っていた」。来日したアン・ソンギは作品に賭けた熱い思いを語り始めた。(戸津井康之)
 「事件当時、私は20代後半。政府は事件の真相を隠そうとしたが、私は周囲の映画人たちとともにいち早く真相を知った。以来、映画に携わる者としてこの事件の映画化は私の課題となったのです」
 子役としてデビュー、数々の名作に出演し56歳となるまで映画界の第一線で活躍してきたが、この「光州5・18」は特別な一作だったことを明かす。映画化の構想が浮上したとき、彼は俳優として真っ先に出演を決めた。
 《1979年10月、軍事政権を率いた朴正煕大統領暗殺後、市民は民主化を期待したが、後に大統領となる全斗煥が軍事クーデターで政権を奪う。これに市民が反発、抗議行動が全土に広がる。抗争は10日間続き、市民、軍部双方に多数の死傷者を出したが、国内での報道は封じられた…》
 アン・ソンギが演じたのは戒厳軍と戦うために立ち上がった市民兵を指導する元軍人役。「現代史の映像化は想像以上に難しい。実際に戦った人や多くの遺族がまだ生きていますから。慎重に描く必要がありました」
 が、こんな心配をよそに事件を風化させてはいけないというアン・ソンギらの思いに共鳴し、エキストラとして大勢の光州市民が参加した。銃撃戦が行われた市街地のメーンストリートはオープンセットで当時のままに再現。「本格的なセットは圧巻でした。おかげで私たち役者は迷いなくその時代の人間に成り切ることができたのです」と振り返った。
 「少し映画化が遅すぎたかもしれない」。悔しそうにこうつぶやいたが、一方で「映画は人々に大きな影響を与えます。この重い事件を受け止めるのに必要な時間だったのかもしれません。日本の人たちに、まず映画を楽しみ、それから改めてこの事件に興味を深めてもらえれば」と静かに訴えた。

【映画情報】
監督:キム・ジフン/出演:キム・サンギョン、イ・ヨウォン、イ・ジュンギ、アン・ソンギ、ソン・ジェホ(神父役)/2007年、韓国、121分

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