イラクで拘束された今井紀明氏と郡山総一郎氏が、今日記者会見し、拘束されたときの様子を初めて語っていましたが、結果明らかになったことは、彼らを拘束した武装集団はテロリストでも強盗集団でもなかったということです。米軍による虐殺にたいし、やむを得ず武器を取って抵抗せざるをえなかった人々が、日本人なら自分たちの主張をアピールするのに利用できると考えて、3人を拘束したというのが事件の真相のようです。そして、彼らの“日本人なら利用できる”と考えた最大の理由は、日本がアメリカ軍にしたがって、“Japanese Army” を派遣したことであり、アメリカ・ブッシュ政権が一番の理解・協力者として日本政府を持ち上げていたからです。彼らが拘束されることになったのは、彼らがイラクに行こうとしたときに、米軍がファルージャの住民虐殺を行なったからであり、その直前に、日本政府が自衛隊をイラクに派遣したからであり、彼らの責任でないこともはっきりしたのではないでしょうか。
海外メディアは、彼ら3人が日本国内で「自己責任」の名の下に“犯罪者のように”扱われていることに、いまだに疑問を呈しています。自分の責任で危険に立ち向かい、戦乱の犠牲となった子どもたちを助けようとし、イラクの現実を伝えようとしたことは誇るべきことであり、だからこそ、彼らは、彼らを拘束したイラク人たちからも丁重に扱われ、立派に解放されて帰ってきたのです。それが、世界の“常識”であり、小泉首相の尊敬するアメリカの“常識”です。「そんなことを言ったって、巻き込まれた人もいるではないか」という人もいますが、はて、いったい誰が巻き込まれたのでしょう? 誰か、巻き添えを食って犠牲になった人がいるのでしょうか? 外務省の役人や政治家が右往左往したというけれども、それが彼らの仕事なのだから、別に巻き添えになった訳ではありません。政府が、外国で危難にあった自国民のために努力するのは当然のことであって、それを“巻き込まれた”などと言ってしまったら、「日本政府は、海外で日本人が危難にあっても助けません」と宣言しているようなものでしょう。
結局、「自己責任」論は、政府の方針に逆らうな、日本政府の許容範囲からはみ出すなということに他ならないということです。「反日的分子」という発言まで飛び出すのは、ある意味当然のことかも知れません。しかし、それは日本政府の品性のなさを世界に向かって言い立てるだけのことでしかないことに、彼ら自身気づくべきでしょう。
今日は、新日本フィルハーモニーの定演で、すみだトリフォニーホールまでいってきました。
指揮=ハンス・グラーフ/ピアノ=ロナルド・ブラウティガム
ということで、夜7時15分の開演で終了は9時半という重厚長大コンサートでした。ブルックナー第4番は、出だしのホルンの音が少し堅かったことや、弱音部分でのバイオリンのタッチが少しざらついた感じに聞こえたことが気になりましたが、その後は、ちょっと驚くような速さですすんでいきました。ブルックナーの「全休符」もあっさり通過してしまうほどで、そのテンポのせいもあるんでしょうが、ブルックナーの“天上から降ってくるような”感じにちょっと欠けたところがありましたが、しかし、全体によくまとまったエネルギッシュな演奏で、管弦ともによく鳴っていました。
1つは、中国経済について。最近、中国人自身が書いた本が2冊出版された。
1冊目の著者、金熙徳氏は中国社会科学院日本研究所教授で、修論は西田哲学について書いたらしい。著者の日本語書き下ろし(編集部に確認済み)。
内容的にいえば、現在の中国経済の動向を概観したもので、ともかく“全体”をどうつかんだらよいのか、ポイントを押さえつつ、手際よくまとめている。指導部の世代論、中国の社会主義「初級」段階論の意味合いとか、「大躍進」や人民公社、「文革」などの混乱からようやく中国経済を安定的な発展の軌道にのせたことの歴史的な意味づけ、その「改革開放」「社会主義市場経済」のもとで全体としての経済水準は上がりつつも貧富格差が拡大してきたこと、それにたいし、昨年の党大会や今年の全人代いらい、党や政府が貧富格差の是正、社会保障の充実などに少しずつでも舵をきりつつあることなどがよく分かる。多様な生産組織の担い手として注目されている「海亀派」のことも登場する。日本では、貧富の格差拡大や失業問題、党・政府の腐敗などを取り上げて“中国は社会主義ではない”と論難するものや、中国「脅威」論・「崩壊」論など、一面的なイメージに傾きがちなだけに、貴重な一冊といえる。こっちがそういう問題意識を持って読むから余計にそうなのかもしれないが、「市場経済を通じて社会主義へ」という道を展望したときに、現在の中国の「社会主義的市場経済」をどうみるかという点が浮かび上がってくるようで面白かった。
それに比べると、2冊目の方は、「改革」万歳、「開放」すれば万事うまくいくといった調子で、ちょっと平板な感じ(ただしまだ全部読み終わってないが)。
2つめは、ちょっと怪しげな本が3冊。
1冊目も2冊目も、ブッシュやチェイニー、ラムズフェルド、それにいわゆるネオコンと軍事産業グループなどの人脈を具体的にたどっている。例えば、チェイニー副大統領は、退職金の分割払いだということで、いまだにハリバートンという会社から報酬を得ているとか、そのハリバートンがイラク復興でボロ儲けをしようとしているとか。2冊目には日本の話もいろいろ登場する。日本政府が外為市場でドルを買い支え、そのドルで米国債を買う、それは米金利を引き下げ、米株高を呼び、それが回り回って日本の株価も引き上げているとか、アメリカのGPS対EUのガリレオ計画の対立の中で、日本はミサイル防衛構想でアメリカの宇宙戦略に組み込まれつつあるとか・・・・。どこまで本当で、どこからが“それらしい話”なのかよく分からないが、怪しさは十分。(^^;)
3冊目は、本屋でパラパラ見て買ってきただけだが、日本で「構造改革」としてやられていることはみんなアメリカの策略に乗ったもので、まんまとアメリカにとって都合のいい国に改造されつつある! という感じ。露骨に、いわゆる「陰謀史観」めいたことを書いていて、かなり“怪しい”が、まあそれ自体間違っている訳ではないし・・・。筆者は、東京銀行に入った後、国際協力銀行に出向、早稲田の理工の大学院(修士)を終了したという経歴で、後書きには山本七平の本を読んで参考になったと書いてあるなど、かなり怪しい・・・。ちなみに2冊目の著者は、「オフィスフォーティー」という会社の企画室長。欧米企業の取締役兼任制度を中心に研究をやっていると紹介されているが、前書きには、20年ぐらい前に翻訳されたマイケル・ユシーム『インナー・サークル』を上げるなど、それなりに研究はしているらしい。
3つめは、本ではなく論文。
朝日新聞の「朝日総研リポート」2004年4月号の松本史人「マーケティング調査報告 新聞無購読世帯の拡大についての考察」。同論文によると、
ということで著者は、若いうちから新聞を読む習慣をつけてもらうことが重要であり、新聞社側も若年層に受け入れられる情報媒体になることを見すえた対策が急務だと結論づけている。それにしても、新聞を購読していない層というのが4割もあるというのは、末恐ろしい話だ。(^^;)
すぐに1週間がたってしまいます。その間のことは、追々追加するとして、「東京新聞」に金曜日から、イラクで拘束された安田純平さんの手記が掲載されています。まだ3回だけれども、読んでみると、なかなかいろいろ考えさせられ、優れたルポになっていく感じがします。
まず、拘束されるまでの経過(連載1回目)ですが、安田氏は、日本人3人が人質になったというニュースを取材する中で、事件がファルージャでの米軍の大規模な掃蕩作戦のなかで起こったこと、だから「イラク人が大量に殺りくされている現場を見なければならない」「本質はそこにある」と確信したと書いています。連載2回目、3回目では、拘束された後、民家に連れて行かれたときの様子が書かれていますが、そこには、連れて行かれた先の家族、住民たちが登場し、安田氏は、「この拘束は周囲に知られても問題ない」「地域ぐるみの行動」と気づきます。また、“長老格”らしい男性に、「日本が支持する米軍が、イラクで何をしているのかを見るために来た。何百人もの市民が殺されている様子を伝えたい」と語ったら、長老がうなずきながら、安田氏の言葉を周囲に伝えたとも書いています。蒸し暑い夜は家族と一緒に草原で寝たり、アラブ式の覆面の仕方を教えてもらったりしたとも書かれています。限られた環境のもとであっても、安田氏がイラク人との交流から、彼らの生活に冷静なジャーナリストとしての視線を向けていることも分かります。決して、事件“被害者”の体験記でないところが、この連載の一番の良さではないでしょうか。
腰痛で、昨日から寝込んでいます。腰痛というか、背筋痛というか、要するに姿勢を変えた拍子に、背中の筋肉がピリピリと痛いのです。中途半端な姿勢をして、背筋にピッと力が入ると、そのとたんにピピピと痛みが走ります。1日寝っ転がっていても、あんまりよくなりません。湿布をあてても、効いているんだか効いてないんだか・・・・。困ったもんです。
先日の3人とは別に拘束されていた日本人2人も解放されました。おめでとうございます。あらためて、一連の事件が米軍のファルージャ攻撃と関連したものであることが明らかになってきました。日本政府は、いまからでもよいから、アメリカに対して、ファルージャでの住民虐殺をやめるように要請すべきです。それが、今回イラクの人々が示してくれた日本人への信頼、親愛にこたえる道ではないでしょうか。
ブッシュ米大統領が、イギリスのブレア首相と会談して、イラクの新政権樹立、主権委譲について、従来の米英占領軍中心のやり方から国連を中心としたものへの転換を発表しました。これは、ブッシュ政権のイラク占領支配の破綻を示すものであり、“独裁政権からの解放者”としてイラク国民は米軍を歓迎しているという彼らの主張が“ウソ”だったことを認めたものです。しかしながら、国連を中心にといいながら、実際には米英軍が引き続きイラク「治安維持」(この「治安維持」というのがくせ者で、イラクは一般的に治安悪化しているのではなく、米軍統治にたいする反米闘争が広がっているのであり、それは「治安維持」によって終熄するものではないのです)にあたるというものです。そんな姑息なやり方では、現状の混乱は解決されません。米英占領軍の撤退こそが唯一の解決策であり、その実現に向けて国際社会のとりくみを強めることが求められているのではないでしょうか。
イラク日本人拘束事件をきっかけに、自民党、公明党やマスコミの一部で、「自己責任」を口実に、拘束されていた被害者を非難する論調が持ち上がっています。公明党の冬柴氏などにいたっては、「費用を本人に負担させろ」などというとんでもないことを言っています。
もちろん、ボランティアや人道支援活動においても、報道の場合でも、活動する本人の身の安全の確保というのは何より大切なことです。レスキューの場合もそうですが、支援する側の人間が命を失ってしまっては、ボランティアも人道支援も成り立ちません。現在、イラクの国内情勢は、アメリカのファルージャ攻撃のきっかけに、急速に悪化しています。NPOの支援活動にくわわる人たちは、まず身の安全を確保すべきだし、イラク国内の活動が危険だとなれば、残念でも出国すべきです。
しかし、そのことと、政府、自民党、公明党などが言う「自己責任」とはまったくべつものです。海外で人道支援活動などに携わる人たちが危険な目にあったときに、自国民を保護するために、国家が最大限の努力をするのは当然のことであって、「危険だといっているのに、勝手に行ったのが悪い」といって救援活動をしないとか、かかった費用を全額払ってくれるなら救援しましょう、などという国家は、地球上どこにも存在しません。結局、彼らの言う「自己責任」は、政府の言うことにただ従え、政府の方針と違うことをやる奴は「非国民」だから救援する必要はないという、国家を私物化する議論にほかなりません。彼らこそ、アメリカに言われるがままに自衛隊を派遣した「責任」が問われているのです。
イラクで拘束されていた日本人3人が解放されました。おめでとうございます。結局、解放の決め手となったのは、イラク・イスラム聖職者協会というスンニ派指導者の組織の働きかけのようです。また、拘束された3人がアメリカの占領支配や自衛隊とはまったく無関係な民間支援の人間だったこと、それに3人のうちの1人が女性であったことなどがポイントになったようです。テレビの一部では「イラクの片田舎のテロリスト」などという暴言を吐く“解説者”がいましたが、武装集団は決して狂信的なテロリスト集団などではなく、理性的な働きかけや対話が十分成り立つ相手だったということです。そして、イラクの人たちは、もともとは非常に日本に親近感を持っているということ。この信頼に、こんどは私たち日本人の側がこたえる順番だと思います。
高木綾子“Air Blue”(DENON COCQ-83553) |
今日は、ソロ・フルート奏者の高木綾子さんのコンサートに行ってきました。高木綾子さんは、2年前(?)に“Air Blue”というCDをたまたま見つけて、ジャケット写真が気に入って即購入、いわゆる“ジャケ買い”というやつをやってしまったのですが、聞いてみると、これが非常によいのです。オーケストラの中では、どちらかというと控えめな印象の強いフルートという楽器が、実はこんなに表現力を持っていたということを、僕はこのCDで初めて知りました。それで、今回たまたまリサイタルの情報を入手したので、のこのこと聴きに行ってきました。(^^;)
プログラムは以下の通りです。
前半3曲は高木綾子さんだけの演奏、後半3曲はデンマークのギタリスト、ボリス・ガケール氏との共演という組み立てで、前半後半どちらも最後がピアソラの曲というあたりが面白かったです。まあ、ピアソラの曲は、なかなかフルートだけではタンゴという曲は難しい・・・という感じもしないではありませんでしたが、しかし、バッハから現代曲までというプログラムはとても意欲的で、それが高木綾子さんの一番の魅力なのかも知れません。
後半1曲目の「古い街」は、今回のコンサートのために共演者ボリス・ガケール氏が作曲した曲で、ポーランドのブロツワフ(独名ブレスラウ)の街を旅行したときの心象を描いているということで、目の前の景色と歴史をさかのぼった過去の風景とが二重写しになるような感じの曲でした。
“24時間以内に解放する”というニュースにもかかわらず、まだ3人の人質の無事は確認されていません。家族のみなさんの心境を思うと、本当につらい一日だったと思います。一日、一時間でも早い解放の知らせを望まずにはいられません。
ファルージャでは、中国人7人が身柄拘束されていたことが確認された模様です(人民網日本語版」2004年4月12日による)。ということで、事件は、米軍のファルージャ攻撃にたいする“対抗措置”として引き起こされた可能性が濃厚になってきました。日本人人質の解放のために、米軍のファルージャ攻撃(現在は暫時停戦中のようだが・・・)を一刻も早くやめさせることです。日本政府は、アメリカに対し、攻撃中止を要請すべきです。
今日の朝日新聞の夕刊に、中東の放送局アルラジージャの様子が紹介されていました。放送局内には日本語がしゃべれる人もいるということで、あらためて中東の人たちに、日本が親しみを持たれているということが分かります。それは、スンニ派の宗教指導者たちの声明というものにも示されています。日本がいまイラクの平和・復興に貢献することができるとしたら、それはこうしたイラクの人たちの日本への信頼にしっかりと応えることではないでしょうか。
それからもう1つ、政府内では、3人が解放されたときに備えて、彼らを迎えるために自衛隊輸送機C−130を中東に送る準備をしているとか。なんということでしょう・・・・。自衛隊とは関係がないということが分かって、「解放」しようということになっているところへ、自衛隊機を送りつけるというのは、誰がどう考えたって滅茶苦茶でしょう。せっかく解放されようとしている3人が自衛隊と関係があるかのような誤解を与えるだけです。このために、溶けかけた誤解が元に戻ってしまって、解放が取り消されたらどうするつもりなのか。政府の“感覚”を疑います。
午前3時(日本時間)のニュースで、武装集団が拘束されている日本人を24時間以内に解放することに決定したと報道されたそうです。まだ、本当に3人が解放された訳ではありませんが、ともかく無事な解決に向かう流れが生まれたことはとてもうれしいことです。
同時に、その声明が本当だとすれば、こんどは私たち日本人がイラクの人たちの信頼にこたえる番だと思いました。別にそれは、イラクの武装集団にということではなく、イラクの宗教者たちや国民が、日本人はイラクのために働いてくれているという信頼を寄せてくれたのですから、私たちも、ほんとうにイラク国民のために役立つことは何か、サマワに自衛隊を派遣し続けることが本当にイラクの役に立つのか、それとももっと他にやることはないのか、それを私たち自身がみんなでよく調べ、考えなければいけない。その順番が私たちの側に回ってきたのではないでしょうか。
イラクで日本人3人が捕虜になって、すでに2日が立ってしまいました。昨日からの家族の訴えをテレビで見ていると、本当に胸が潰れる思いがします。政府の判断によって邦人の生命が犠牲にされる事態が生まれるとしたら、本当に許されがたいことです。「自分で行ったんだから、覚悟してるだろう」という人がいます。もちろん、3人ともいい加減な気持ちでイラクに行ったのでないことは勿論ですが、だからといって、拘束されたのは本人たちの責任だというのは、政府のやり方を棚に上げた勝手な言い分だと思います。もし本当にイラクへの人道支援をすすめたいというのであれば、危険ななか地道に支援活動をしている様々なNPOの活動をどう支援するか、どうしたらそうした団体が活動しやすい条件を日本政府としてつくることができるのか、そういうことを考えるのが日本政府のまず第一にやるべきことではないでしょうか? そういう立場に立てば、日本政府にできることはたくさんあるし、やるべきこともたくさんあるはずです。それをまるきり無視しておいて、「危険なことは分かっていたはず」などというのは、海外において何よりもまず邦人の生命、財産を守るべき政府の責任を投げ捨てたものだといわざるをえません。
あと1日・・・・などということにならないように。3人が無事に帰国できますように。そして、アメリカの不法な占領が一日も早く終わりますように。いまからでも遅くないので、自衛隊撤退をぜひ実現させてほしい。
イラクにいる日本人3人が拘束され、イラク武装勢力が3日以内の自衛隊撤退を要求している、と報道されています。イラク特措法が審議されているときから、NPO関係者は、自衛隊がイラクに出て行けば、イラクで活動しているNPOなどが危険にさらされる可能性があると指摘していました。そういう意味では、危惧された事件が起こってしまったということもできるでしょう。
まず何よりも、拘束されている3人が無事解放されることを願わずにはいられません。残念なことに、日本政府には、こうした事態にたいする備えはなかったようです。さしあたり、アメリカなどに問い合わせて、事実確認を行なう以外にやることはないようで、小泉首相もさっさと公邸にひきあげてしまいました。「テロリストの脅迫には屈しない」などという勇ましいだけの言葉に踊らされるのでなく、あらためて日本がイラク復興にどういう形で貢献するのが最もよいのか、アメリカの不正義の戦争と占領にこのまま関与し続けることが本当に日本のためになるのか、またイラクの復興に役立つのか、原点に立ち返った真剣な議論を望みます。
電子レンジがやってきました。(^^;) 一人暮らしを初めて、苦節20年・・・・。ようやく、電子レンジのある生活が送れます。(;_;)ウルウル って、いままで電子レンジがなかった方が不思議なくらいです。ネットショッピングで買ったのですが、届いてみたら、予想以上にでかかった・・・・。う〜む、置き場がない。困った・・・・。700Wなんていらなかったかなあ・・・・。
小泉首相の靖国神社参拝にたいし、福岡地裁で、小泉首相の靖国神社参拝は「内閣総理大臣の職務の遂行」であり、「政教分離を定めた憲法第20条3項に違反する」との明確な違憲判決が下りました。同時に、原告の賠償請求は却下されたため、国側は形の上で勝訴ということになり、上告できません。原告側は「実質的勝訴」と歓迎していることから、この判決が確定することになります。これまで、小泉首相の靖国参拝については、大阪、松山の両地裁での判決がありましたが、いずれも憲法判断そのものは避けていたので、福岡地裁のこの判決が初めての憲法判断といえます。
日経新聞の夕刊には、政教分離をめぐる主な裁判の一覧が出ています。靖国訴訟について言えば、91年に、岩手靖国訴訟(中曽根首相の公式参拝)の仙台高裁判決で違憲判決(確定)が、同じく関西訴訟でも、92年に大阪高裁が「違憲の疑い」との判断が示されており、今回の判決は、決して唐突、突出したものではありません。また、愛媛玉串訴訟(97年4月、最高裁・違憲)、滋賀献穀祭訴訟(98年12月、大阪高裁・違憲=確定)など、政教分離を厳格にすべきという司法の判断の流れは明確だと思います。
小泉首相は「なぜ憲法違反か分からない」と言っていますが、判決は、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳し、「内閣総理大臣 小泉純一郎」名による献花をおこなった参拝は「内閣総理大臣の職務の執行」であると述べています。これが分からないのでしょうか? さらに、箕面・忠魂碑訴訟でのいわゆる「目的効果説」(「目的が宗教的意義を持ち、効果が宗教に対する援助、促進まはた圧迫、干渉になるような行為」は憲法違反とする判断)の立場にたちつつ、国内外にさまざまな異論・批判があるなかで、あえて靖国神社に参拝するというのは「強い意志」があり、特定の政治的意図にもとづくものであるとし、だからこそ、一般的な社会的儀礼とはいえないと判断しています(これも非常に分かりやすい論理です)。総理大臣として、戦没者を追悼する方法は、他にもあるというのも頷ける指摘です。そして、小泉首相の参拝によって、靖国神社に参拝する人が増えたという事実を上げて、首相の参拝が、特定の宗教法人である靖国神社を「援助、助長、促進する効果を持つ」と断定しています。実際に参拝した人が増えたのですから、「援助、助長、促進」したことはまったく明白でしょう。こうやって判決(新聞報道の要旨だけですが)を読むと、まるで、小泉首相が「なぜ憲法違反か分からない」というのを予測していたかのように、具体的で、明確な判断の基準を示して、憲法違反だと指摘していることが分かります。いつものようなオトボケ答弁でごまかそうという首相とは大違いです。この判決を読んで、なお「なぜ違憲なのかわかない」というのなら、ご本人の知的水準が問われることになるでしょう。戦没者を追悼することが問題なのではなく、戦前の国家神道の中心にすわっていた靖国神社という特定の宗教法人の「祭神」を参拝することが問題なのです。
判決では最後に、なぜこのような違憲判決を下したのかを説明して、「今回、裁判所が違憲性の判断を回避すれば、今後も同様の行為が繰り返される可能性が高い」として、違憲判決を下すことが裁判所の責務であると考えたと述べられていますが、これも非常に注目に値します。
でも、こんなこと2度とないかも・・・・。(こうやって心配するのが、阪神ファンの本性なんだろうなあ・・・・) ←こう書きつつも、僕はオリックスファンです。
4月になりました〜 (^^;) 今日は、昨日に続いてポカポカ陽気でした。
今日から新年度ということで、朝の通勤電車にフレッシュマンのみなさんがたくさん乗ってきます。しかし、どこで電車が揺れるか知らない、入り口付近で立ち止まってしまって後から人が乗ってきても奥に詰めようとしない、降りるときも出入り口の前に立ちはだかる・・・・などなど、しばらくは通勤電車の乗り降りに不便します。最近のJR車両は、つり革の数を増やしたいからでしょうか、乗降口の前にもつり革があって、これに掴まってその場でがんばっちゃう人がいるので、ラッシュのときは本当に困りものです。流れに逆らわず、うまく立ち位置を確保するのが満員電車のマナーです。
最近、買ったもの
『中国をどう見るか』の著者・金熙徳氏は中国社会科学院教授。修論は西田哲学だそうで、訳者名がないところをみると、ご本人が日本語で書かれたもののようです。
『在日』は、東大教授・姜尚中氏の自伝。彼の『日朝関係の克服』は読む価値ありです。
『ブッシュの戦争株式会社』では、チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官と石油・軍需産業との結びつきが生々しく書かれています。こうしたことは、ブッシュ(息子)政権誕生のときから指摘されていましたが、あらためて、こんな奴らが、アメリカの戦争を主導しているのか!と、呆れもするし、怒りもわいてきます。チェイニー副大統領は、軍事・石油サービス企業のハリバートンの元CEO(1995年に就任)。副大統領になって、ハリバートンを辞めたことになっていますが、いまだに報酬の繰り延べ分を毎年約15万ドルずつ受け取り続けているほか、ストックオプション(40万株)を保有しているそうです。