怒れる高村薫氏

作家の高村薫氏が、「朝日新聞」のオピニオンのページで「あなたの怒りが政治動かす」と題して、若者に向かって、こんなことを書かれている。

 今回の総選挙に突如出馬した某IT企業の青年社長は、「ぼくのような若者が出馬することで政治への関心が高まるのは、意義のあることだ」と語っている。これは一面の真実であろう。さてしかし、こんなふうに語られる「政治への関心」の正体とは何か。

メディア露出の多い著名人が出馬したからといって高くなるような「政治への関心」でいいのか? 高村薫氏は、そう言いたいのである。

高村氏は、選挙への関心を「政治への関心」であるかのように勘違いさせる政治家のパフォーマンスやメディアの報道ぶりに、ずばり「選挙は政治そのものではない」と釘を刺す。選挙は「政治の前座」にすぎないのだ、と。

 選挙は現代の政治制度の大事な要素の1つであるが、政治そのものではない。また、選挙は政治家を誕生させる劇場ではあるが、政治のほんとうの舞台は選挙劇場の後に開幕する。選挙はあくまで政治の前座に過ぎないのである。

そして当選後、候補者の多くは政党の一員になるから、「選挙期間中の候補者個々の話題などは、肝心の政治とは別ものだ」という。だから、「選挙区の特定の候補者個人を選んだつもりでも、実際は政党を選んでいるのである」。そうなれば、「激戦区も無風区もない」。だったら、「候補者の顔」などに注目するのではなく、マニフェスト、政党の掲げる政策を知らなくて、いったいどうするのか、と高村氏はいうのである。

政治なんて面白ければいいというあなた。マニフェストを読めばそんなことをは言っていられなくなる。

高村氏は、政治の困難を真正面から指摘する。そして、「政治に期待するものはない」と言ってみたところで、国・地方あわせて770兆円の借金は「増税や、行政サービスの切り詰めというかたちで、必ずあなたが負うことになる」。さらに、人口減少と高齢化で、日本は、だんだんとGDPが縮小する。その一方で、アジアでは中国やインドが経済的に台頭し、資源の消費が加速する。そうなれば「資源をもたない小さな日本は、外交力で何とか戦略的に生き延びてゆくほかはない」ではないかと、たたみかけるように問いかける。

 いまこそ政治の時代なのである。この、とてつもなく困難な状況が、郵政民営化だの、年金改革だの、特定の課題1つを掲げて道が開けるといった単純な話でないことをよく考えてみてほしい。

高村氏は、こうした問題は、ほんとうなら90年前後に考えるべきだったのだが、「それを怠ったのは私の世代だ」、国の債務を放置したのも、政治と金の問題を解決できなかったのも「私の世代」だと厳しく問い返しながら、だから「若い世代は大いに怒るべきである」と言う。「なぜなら、政治は現状への怒りが動かすものだからである」と。

ここで、最後に高村氏は、「ただし」とつけくわえている。

 ただし、あなたの怒りが政治的能動になるためには情緒を乗り越える必要があるし、再生はただ「ぶっ壊す」ことではない。政治は個々のパフォーマンスではない。政党が担う周到なシステムの世界であることを頭に叩き込んで、明日の政治を選んでほしい。

怒れる高村氏の、怒りを抑えた、若者への叱咤であろう。情緒やパフォーマンスで「政治への関心」を呼び起こせば、それで事足れりとする政治家への、奥底からの怒りを感じずにはいられない。

作成者: GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

4件のコメント

  1. 初めまして
    いつも楽しく拝見させて頂いております。
    「政治経済への関心」に関しては、関心を持たないように育てられた人たちに対して憤るのはどうかと思います。
    搾取も剰余賃金も770兆の借金も厚生省がらみの義務教育には無いわけです。
    あなたの書くようなブログに関心のある人たちで少しずつ考え方を変えてゆくしかないのではないでしょうか?
    中流意識を抱きながらも「世の中おかしい、何とかしなければ」と問題意識に目覚めてきつつあると思います。

  2. 横町さん、初めまして。
    コメントありがとうございます。m(_’_)m
    高村氏が「怒っている」というのは僕の解釈です。高村さん自身は、若者に憤っている訳ではありません。むしろ、某IT企業社長の立候補などを取り上げて、「政治への関心が高まるんじゃないか」などと御気楽トンボなことを書いているメディアや識者に憤っているのだと思います。あるいは、ご本人が書かれているとおり、本当ならバブル崩壊の頃に片付けておくべき課題を先送りしてきた、自分たちにたいする怒りなのかも知れません。

    しかし、若者に厳しいことをずばり言うべきだし、言わなければならないという高村氏の考えも、僕には非常によく分かります。もし「選挙に関心を持った」のなら、政治は選挙だけでないことを認識して、政治に関心を持ってほしい、という非常に熱いメッセージだと思います。それは実は、高村さんは若者を信頼している、ということではないでしょうか。

  3. 管理人様
    ブログをもっと、勉強したくて、movableと、Livedoorで、検索したら、ここにたどり着きました。

    大変ためになるお話有難うございます。

    実は、私は、某IT企業社長が、立候補されている広島6区尾道の住民です。

    高村薫先生の言われる、政党重視、選挙後の関心が大切と言ったことは、選挙より大切な気がしますが、不純?な理由でも、政治、選挙に国民の関心を持っていっている、政党、メディア、某IT社長の功労も大きいように思います。

    間違っていたら、すいません。

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