罪を憎んで…の出所は

孔子の言葉ではなく、孔子9世の孔鮒(こうふ)の『孔叢子(くぞうし)』という書物のなかに、孔子の言葉として登場するものらしい。それにしても、孔子75代のご子孫さんが日本でお暮らしとは。

で、そのもとの言葉はというと、

古の訟を聴く者は、其(そ)の意を悪(にく)みて、其の人を悪まず

というものらしい(→森田実氏のサイトコメント)。

いずれにしても、加害者の側が被害者に向かっていう言葉でないことだけは確か。

中国で考えたこと 外交に礼儀と謙譲の心を(朝日新聞)

 「罪を憎んで人を憎まず」とは孔子の言葉だと小泉首相が国会で発言した時、私は北京にいた。A級戦犯がまつられた靖国神社に参拝しようとも、孔子の本家が問題にするのはおかしいというのだ。小泉さんらしい切り返しではあるが、これはまた刺激的な、と不安になった。
 こんな風に孔子を使われて、なるほどと思うだろうか。神経を逆なでされたと感じないか。案の定、翌日会った北京大学の知日派教授は「また、ぶちこわしだ」と嘆いた。
 孔子の75代目にあたる孔健さんが東京で中国情報紙の編集をしていると知り、帰国後に連絡をとると、やはり「迷惑しています」という。
 あの言葉は孔子の9代目にあたる孔鮒(こうふ)が残した「孔叢子(くぞうし)」に、孔子の言葉として出てくるのだが、孔健さんは「肝心の『論語』にないんです」といぶかり、「罪を謝ってこそ人も許されるのに」と、思わぬご先祖登場に首をかしげるのだ。[朝日新聞 2005年05月30日]

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