「九条の会」各地の動き

5月3日の憲法記念日の集会は、数がたくさんなので省略。それ以外のニュースをピックアップ。

不戦 私たちの責務 「九条の会」澤地さん“護憲行脚” 金沢では600人

 「九条の会」呼び掛け人の1人、作家の澤地久枝さんが15日、金沢市三社町の県女性センターで講演し、「憲法に九条があるからこそ、日本はこれまで一人の戦死者も出さずにきた」と述べ、九条を守らなければならないと説いた。 (山上隆之)
 憲法改正論議が高まる中、「私たちの役割」と題した講演で、澤地さんは「小泉政権は軍隊を持ち、日本を戦争のできる国にしようとしている。野党も小さくて当てにならない」と指摘した。
 昭和初期に反戦を訴えた旧高松町出身の川柳作家、鶴彬(つる・あきら)のエピソードを紹介した上で、「市民が声を上げて、日本は戦争をしない、させない国にしなければならない。それが未来の命に引き継ぐ私たちの責務」と訴えた。
 澤地さんは昨年、作家の大江健三郎さんらとともに、九条改憲を許さないという「九条の会」を結成。各地に出向き、講演活動を続けている。
 この日の会場には約600人が訪れ、ホールに入りきれず、モニター中継の別室が用意された。[中日新聞 5月16日]

憲法改正:「戦争放棄」守ろう 芦屋「九条の会」、発足記念し講演会/兵庫

 憲法改正論議が進む中、戦争放棄を定めた9条を守ろうと、芦屋市在住の作家や大学教授、会社員らの呼びかけで14日、「芦屋『九条の会』」が発足し、芦屋市船戸町の「ラポルテ」内の山村サロンで記念講演会が行われた。
 「九条の会」は昨年6月、作家の井上ひさしさんや大江健三郎さんら9人の呼びかけで結成された全国ネットワーク。各地で地域や職場などを単位としても会が誕生し、総数は1000を超えるという。同市内でも昨秋から結成の準備が進められ、会社員の松本幸子さん(51)ら24人が呼びかけ人となっていた。
 この日の記念講演会は、歌手の小林陽子さんが平和を願う歌を透き通った声で熱唱して開幕。大阪の市民団体「戦争体験を記録する会」が集めた記録を基に、東京大空襲・戦災資料センター館長で作家の早乙女勝元さんが製作した人形アニメを上映した。
 続いて、早乙女さんが講演し、少年時代の大空襲の体験を紹介しながら「戦争が起こるのは武力を持っているからだ。(戦力不保持をうたった)憲法9条は必要」と訴えた。
 同会は来月18日、「ラポルテ」の大原集会所で学習会を開く。講師に近代日本思想史研究者の佐治孝典さんを招き、テーマは「憲法をめぐる危機的状況」。問い合わせは、事務局の竹内義三さん。【西浦久雄】[毎日新聞阪神版 2005/05/15]

九条の理念の大切さを訴える土井たか子さん=本渡市/熊本

 憲法九条の改正に反対する天草地区住民でつくる「あまくさ九条の会」が14日、本渡市東町の市民センターで発足記念集会を開いた。憲法学者で元衆院議長の土井たか子さんが「九条を世界に」と題し記念講演、市民ら550人が熱心に聞いた。
 土井さんは「昨今の国会で法案の強行採決がまかり通るのは、政治家が国民や国民の権利を保障する憲法を大事にしなくなってきている証拠」と指摘。「憲法九条が改悪された場合、戦争協力のために人権が制限された戦前に逆戻りしてしまう」と強調した。その上で「九条の理念は平和を求める世界中の人々から尊敬され、目標にされている。九条を誇りに思い、大切にしていこう」と訴えた。
 講演後、結成総会があり、呼び掛け人の宮崎定邦弁護士=天草郡五和町、刈谷潤テアトロ天草代表=本渡市、海秀道東光寺住職=同=の3人を共同代表に選出した。このほか賛同会員からのメッセージ発表や児童合唱もあった。同会は今後、署名活動を行ったり、学習会などを開いていく。(大倉尚隆)[熊本日日新聞 2005年5月15日]

県内市町村初「九条の会」 那須、17日に発足/栃木

 【那須】平和主義の象徴である憲法九条を守ろうと、町在住の有志が17日、「那須町九条の会」を発足させる。作家の井上ひさしさんや大江健三郎さんら有識者9人が昨年立ち上げた「九条の会」に呼応する形で、県内の市町村単位での結成は初めて。改憲論議が国会で高まる中、「改悪阻止」「反戦」を目的にゆるやかな連携を図る。発起人で事務局を担当する松永昌樹さん(63)=大島、建築家=は「思想信条や政党色抜きで幅広い人たちに関心を持ってもらい、憲法の勉強から始めたい」と話している。
 発起人は松永さんのほか町在住の画家やペンション経営者など11人。「誰でも入りやすいように」と代表者は置かず規約も決めない。カンパは募るが、基本的に発起人らが手弁当で運営する。
 17日午後6時半から、町文化センター小ホールで「さらば外務省!」(講談社)の著者として知られる元レバノン大使、天木直人さん(57)を迎え「日本外交に九条改正は必要か?」と題した記念講演を開く。入場は無料で賛同者を募り、これを機に会の発足とする。[下野新聞 5月14日]

憲法朗読し、平和の誓い新たに 九条を守る小松島の会発足

 作家の大江健三郎さんや三木睦子さんら文化人9人でつくる「九条の会」に賛同する徳島県小松島市の住民らによる憲法改定に反対する「九条を守る小松島の会」の結成大会が14日、同市松島町五の市中央会館であった。
 大会には市内外の36人が参加。結成を呼び掛けた世話人代表の橋本昭さん=中郷町泰地、無職=は「9条の改憲が言われる中、今年は戦後60年の節目を迎える。もう一度、平和憲法の在り方を考え、憲法を守っていきたい」とあいさつした。憲法の前文と九条の朗読、戦争体験談の発表などがあり、参加者は平和への願いを新たにした。同会は、月1回会合を開き、九条と教育や福祉問題と合わせ、憲法を学習する。[徳島新聞 05月14日 20時31分]

憲法改正:九条改正、ゆるさない 「生むのは不幸だけ」――高知で平和の集い/高知

◇体験者ら戦争の無意味さ訴え

 世論調査で賛成が過半数を占めるなど憲法改正が現実味を帯びつつある。高知市内の市民団体「9条の会小高坂」の呼びかけに応じた戦争体験者が9日夜、市内で自らの体験を語った。共通しているのは戦争の無意味さを訴え、二度と戦争を起さないためにも、憲法九条を改正してはならないという思いだ。今年は終戦から60年――。【米山淳】

 【二度の空襲】
 片岡正己さん(83)は東京大空襲と高知空襲を経験した。東京大空襲は1945年3月10日未明に始まり、下町が一夜で焼け野原になった。片岡さんはがく然とした。防空壕(ごう)では子どもを抱きしめた母親が死亡し、学校の校庭は遺体を積み込むトラックで埋め尽くされていた。涙が止まらなかった。もう戦争はたくさんだと思ったという。
 その後、郷里の高知に戻ったが、再び空襲に見舞われた。7月4日、爆撃機が頭上を通過したが、空襲警報が鳴らなかったため、安心していた。しかし、シュルシュルという爆弾投下の音が聞こえ、怖くて目を閉じた。目を開けると周囲は火の海に。電車通り一帯はがれきと化していた。終戦を知ったとき、ホッとした。負けて悔しいという気持ちはなかった。
 【一兵卒の思い】
 当時、旧制中学生だった西岡毅さん(74)が戦時中に出会った大学生の陸軍二等兵。学徒動員で出征すれば、将校になれたのを拒否し、二等兵を選んだ。その理由を問うと、彼ははっきりと「戦争が嫌いだから」と答えた。その言葉を聞いて驚いた。当時、反戦を言い切ることは難しかったからだ。
 もう一人は、婚約者の写真を見せてくれた伍長。「美人だろう」と誇らしそうな笑顔が印象的だった。彼とは終戦後、再会した。傍らには妻となった写真の女性と子どもの姿が。平和に家族と暮らせることの素晴らしさを語り合った。
 【大陸での悲劇】
 戦時中、旧満州(現中国東北部)で戦車の部品を製造していた河野壱郎さん(74)は、旧ソ連軍による略奪のひどさを語った。戦後の旧新京(現長春)には旧ソ連兵があふれていた。終戦後、旧日本軍は撤退したため、日本人は自警団を組織。しかし、旧ソ連兵は日本人の家に押しかけ、食料や家具など略奪するとともに、多くの日本人の命を奪った。河野さんも銃を突きつけられたことが今でも脳裏から離れない。
 その時、河野さんは思い立った。日本人は少し前まで加害者側だったことだ。日本人は中国を踏みにじった。中国人の苦しみが初めてわかった。河野さんは最後に「戦争で生むのは不幸だけだ」と結んだ。[毎日新聞 5月13日朝刊]

憲法9条を守ろう」 いわき・九条の会設立総会を開く/福島県

 戦争放棄をうたう憲法9条を守ろうと、いわき市の市民有志62人が8日、市民団体「いわき・九条の会」の設立総会を開いた。国会などでの憲法改正の機運の高まりに危機感を抱く市民たち約330人が参加、講演会やパンフレット配布などの活動を通して9条を守る意義を訴えていく活動方針を確認した。
 設立総会では、呼びかけ人代表の1人で98歳の幼稚園長、吉田サタさんが「治安維持法が無くなって60年。今、改憲の動きがありますが、9条を変えさせないように頑張りましょう」とあいさつ。総会後には、ベストセラーになった「世界がもし100人の村だったら」をまとめた作家・翻訳家の池田香代子さんが講演し、「私たちは無力ではなく、微力。9条も力を合わせれば守っていける」などと語った。[朝日新聞 2005/05/09]

GW:「みずほ九条の会」発足集会に150人――名古屋・瑞穂区/愛知

 ゴールデンウイーク最後の8日、名古屋市内では、憲法9条や平和について考える集会やデモ行進が相次いで行われた。
 同市瑞穂区川澄町の市博物館講堂では、戦争放棄をうたった憲法9条を守ろうと、「みずほ九条の会」の発足集会が開かれ、約150人が参加した。九条の会は、哲学者の梅原猛さんらが全国各地での会発足を呼び掛け、県内では「あいち九条の会」が今年1月に誕生。「運動を網の目のように広げよう」と、瑞穂区で会が発足した。集会では小林武・愛知大法科大学院教授が、「憲法の大切さと九条の会の意義」について講演した。
 一方、市民団体「有事法制反対ピースアクション」のメンバーら約50人が、イラクからの自衛隊撤退などを訴えながら、同市中区の繁華街を約1時間デモ行進した。参加者らは色とりどりの旗を掲げ、「世界に平和を」などとシュプレヒコールを上げて市民に訴えた。【影山哲也】[毎日新聞 5月9日朝刊]

上京憲法まつり:「9条守る大きな力」 70人参加、平和かるた会などで交流/京都

 改憲が論議されるなか、憲法9条の大切さを考えようと「上京憲法まつり」が8日、上京区大宮通五辻上ルの「西陣の町家・古武」で開かれた。区民らでつくる「9条の会上京ネット」が主催し、約70人が参加した。
 憲法9条を題材にしたオッペケペ節のほか、「いつまでも平和がよいと孫が言い」「つくり出そう9条守る大きな力」といった手作りの「9条平和かるた」を使ったかるた会などで交流を深めた。
 代表の木下和子さん(77)は「井戸端会議のような雰囲気で、遊びも交えながら憲法を語ることで、少しでも多くの人に平和の大切さを感じてほしい」と話していた。【沢木政輝】[毎日新聞 2005年5月9日]

憲法のつどい:市民ら1100人が参加 澤地さん、鶴見さん訴え――富山/富山

◇「国家のあるべき姿、9条に」

 作家の澤地久枝さんと哲学者の鶴見俊輔さんを迎えた「富山県憲法のつどい」が6日夜、富山市新総曲輪の県民会館で開かれ、両氏が参加者を前に平和憲法の擁護を訴えた。【柳沢和寿】
 市民団体などでつくる実行委が企画、市民ら約1100人が参加した。
 澤地さんは、14歳の時に旧満州(現中国東北部)で終戦を迎え、雑誌編集者を経てフリーに。著書に「妻たちの2・26事件」「火はわが胸中にあり」などがある。鶴見さんは、米国ハーバード大在学中に日米開戦を迎え、戦後は「思想の科学」を創刊するなど言論界で活躍。2人は、改憲への動きに反対して識者9人で昨年結成した「九条の会」のメンバーでもある。
 講演で澤地さんは、出征したまま帰らぬ夫を待つ妻のつらさなど、取材を通じて知った話を披露。「軍人だけでなく民間人の多くも犠牲になった上で、この憲法は成立している。未来への責任と理想を掲げ、ここから一歩も引かないことが大事です」と呼びかけた。
 鶴見さんは、米国での捕虜収容所体験や帰国後の海軍経験などに触れ、「憲法の前文を読み9条を読めば、国家のあるべき未来が見えてくる。(改憲で)それを埋めてしまうというのは、どうかしている。世界戦争を防ぐための努力を、1人でも続けたい」と述べた。
 つどいではこのほか、市民団体「ベアテさんの会」のメンバーが富山弁で9条などを読み上げ、平和の尊さを訴えた。[毎日新聞 2005/05/08]

九条の会が菰野に発足 県内で8カ所目/三重県

 戦争の放棄をうたった憲法九条を守ろうと、菰野町の住民でつくる「こもの九条の会」の設立総会が8日、同町潤田の町農村環境改善センターであった。九条の会の設立は県内で8カ所目。
 昨年6月、作家大江健三郎氏らが結成した「九条の会」の呼び掛けに応じ、平和を引き継いでいく大切さを訴えようと賛同者が集まった。四日市大教授の坂東行和代表ら約360人を会員に、講演会や集会、署名活動などに取り組んでいく。
 総会には約80人が出席。坂東代表はあいさつで、九条の会の意義を「思想や信条を越えて、世界の普遍的価値を持つ運動だ」とし、同町での設立に当たっては「古里の運動としても花を咲かせたい」と述べた。
 会場ではこのほか、「憲法九条は世界の宝。これを守り育てることに勝る国際貢献はない」とするこもの九条の会のアピール文が読み上げられ、出席者は静かにうなずいていた。(神田 要一)[中日新聞 2005/05/09]

歴史に学び9条守ろう 宇都宮で憲法集会

 自民党国会議員らによる改憲論議が高まる中、憲法九条の意義について考える「九条守ろう憲法集会」が7日、宇都宮市のとちぎ健康の森で開かれた。一橋大教授の渡辺治氏が講演し「九条はボロボロになっていない。力を持っているからこそ政府は破棄したがっている」と訴えた。約420人が会場を埋めた。
 市民団体「平和と民主主義を願う栃木県民懇談会」と、県労連や新日本婦人の会など5団体が昨年12月に設立した「憲法改悪反対とちぎ共同センター」が共催し、渡辺氏を招いた。
 渡辺氏は、憲法と現実が乖離(かいり)している点について、男女平等をうたう14条などを例に挙げて説明し、「理想と離れた現実を変えるためにこそ憲法がある」と指摘。また九条がいかに重要な役割を果たしてきたかについて、「非核3原則や武器輸出禁止3原則などを生み出し、自衛隊を、いまだに一人も殺していない世界でも珍しい軍隊にした」と述べ、「9条を捨てるのではなく、だれも戦争を知らないという世界でもっとも変わった国にしていくべきだ」と強調した。
 会場からは「9条があると日本を守れない、という声も周囲には多いがどう考えるか」という質問もあったが、渡辺氏は「自衛隊は世界2位の武力を持っている。一国の経済力が沖縄県にも満たない北朝鮮が日本を攻撃することはできない」と否定した。さらに「歴史を学び、戦争の被害者に対する想像力、戦争を現実に阻止しなければならないという想像力をかき立てなければならない」と訴えた。
 渡辺氏は、作家の井上ひさし氏や大江健三郎氏ら知識人の呼びかけでつくられた「九条の会」の事務局も務めている。(大杉 はるか)[東京新聞 2005/05/08]

憲法:文化人ら結成「9条の会」 きょう高間さん招き講演会――東大江/滋賀

 東近江市域の文化人らが「東近江・9条の会」を結成。7日午後1時半から同市の八日市アピアで、「滋賀・9条の会」の呼びかけ人、高間悦子さんを講師に招き講演会を開く。
 昨年6月、ノーベル賞作家の大江健三郎さんらが「9条の会」を結成し、改憲阻止のアピールを出したのを契機に、各地で「9条の会」ができている。「東近江・9条の会」は元高校校長やシナリオ作家、住職ら東近江市域在住の文化人ら55人の呼びかけで、世界平和に逆行する「改憲」の動きを止めなければならないと、3月下旬に発足。かつて陸軍飛行場があり2度の空襲を受けた地域の住民として、「改憲阻止」に向けて地域から行動を起こそうと、講演会を企画し、参加を呼びかけることにした。
 7日の講演会では、高間さんが滋賀沖縄県人会の世話人代表でもあることから「沖縄と憲法9条」について語る。
 6月19日には安斎育郎・立命館大教授を講師に招いて、同市の湖東信用金庫本店で講演会を予定している。問い合わせは同会事務局。【斎藤和夫】[毎日新聞 2005年5月7日]

「あらお九条の会」7日憲法講演会 荒尾市/熊本

 改憲反対の動きを広めようと、荒尾市の市民グループ「あらお九条の会」は七日午後二時から、同市の荒尾総合文化センター小ホールで憲法講演会を開く。大阪大大学院教授の猪飼隆明さんが「憲法九条は世界の平和宣言」と題して講演する。「改憲は本当に必要か考える場にしたい」と参加を呼びかけている。
 講演会は資料代として三百円が必要。[西日本新聞 5月7日2時20分更新]

九条の会・泉佐野が発足 7日に結成総会

 戦争放棄をうたう憲法9条を守ろうと、泉佐野市の市民有志らが「九条の会・泉佐野」を発足させる。7日午後1時半から、同市市場東の泉の森ホールで結成総会を開く。
 総会では、弁護士の橋本敦さんが「今こそ輝け日本国憲法」と題して記念講演をする。総会終了後、南海泉佐野駅前まで行進する。事務局によると、今後は学習会などを開催する考えで、幅広い市民に賛同を求めている。問い合わせは、泉佐野市職員労働組合か、事務局の水脇さんへ。[asahi.com 5/5]

「憲法九条は平和の原則」 九条の会が集い 三氏が戦争体験語る/沖縄・八重山

 危機的状況にある憲法九条を擁護しようという「憲法九条の碑」設置に伴い、継続して九条を擁護していこうと郡民が中心となって先月設立された「九条の会やえやま」最初の活動として、3日午後6時から新栄公園の憲法九条の碑広場で、「戦後60年を語り継ぐ不戦のメッセージ・戦争体験を語る集い」が開かれた。
 「九条の会やえやま」は、碑設置に携わってきた有志らが中心となり、設置した責務として不戦を誓う象徴である碑存立の意義を八重山全域に広め、さらなる平和に向け、石垣市から国際社会へ不戦を誓う平和のメッセージとして九条の理念を発信していこうと設立された。
 集いでは、世話人を代表して村田栄正氏が「戦後60年、九条の碑を設置しただけでなく、体験談を通して憲法や平和の大切さを確認してほしい」とあいさつ。
 大浜長照石垣市長は「憲法改正ははなはだ疑問。いささかも手を加える必要はない。九条の碑は石垣市の宝だし、今こそ憲法の平和原則をこの石垣の平和の森から国際社会へ発信していこう」と憲法九条の重要性を訴えた。
 続いて、石垣島で戦争を体験した潮平正道さん、新城正雄さん、崎山直さんの3人が戦時中の体験や思い出を語った。
 昭和8年生まれの潮平さんは、自身が受けた軍国教育や方言札の思い出、実際に見た朝鮮の人々に対する日本軍の仕打ち、また疎開させられた白水でのマラリアの体験を語った。
 昭和19年4月、八重農に入学してすぐ鉄血勤皇隊に入隊したという新城さんは、対空監視員として体験した空襲の恐ろしさや陸軍飛行場建設作業の体験、戦死した友人のことなどを振りかえり「2度と戦争を起こしてはならない」と語った。
 同じく鉄血勤皇隊の無線班として、さまざまな体験をした崎山さんも、空襲下での作業の様子など生々しい体験を話した。
 会場には多数の市民が参加。体験者3人の話にじっくりと耳を傾け、改めて悲惨な戦争を振りかえるとともに、平和のありがたさを考えた。[八重山毎日新聞 2005年5月4日 9時48分52秒更新]

「名瀬・9条の会」が設立総会/鹿児島

 憲法九条の堅持を訴える「名瀬・九条の会」の設立総会が「憲法記念日」の3日、名瀬市中央公民館であった。市民約130人が参加。「戦争の過ちを繰り返さないために、『戦争放棄』を掲げた9条を守る市民運動を進める」ことを確認した。今後、奄美や県内、全国の「九条の会」と連携して改憲反対を訴えていく。
 9条の改変反対を訴える市内の教育関係者、元市議、住職や各種団体の代表ら23人が呼び掛け人となって設立した。奄美群島内での九条の会設立は8団体目。
 憲法記念日や「敗戦の日」(8月15日)など節目節目で反戦平和と9条堅持を求める運動を展開し、関係機関・団体と連携して署名活動を進める考えだ。事務局は奄美ブロック平和運動センターに置く。同センターの上原義光事務局長が世話人代表を務める。
 設立総会では、昨年8月に設立された「奄美・憲法九条の会」の世話人で、兄や従兄弟を戦地で亡くした治井文茂さんが「戦争は命を奪う。9条で戦争放棄を掲げた平和憲法を守ることが世界中の反戦平和につながる」などと基調報告。
 また舞台と客席で医療関係者、教諭、被爆者、戦争体験者など80歳代までの男女計10人がリレートークし、「九条の改変は戦争への第一歩につながる恐れがある」「平和や命を守るため、子や孫を戦場に送らせないために平和憲法を守ろう」などと語った。戦中の奄美空襲や戦後の行政分離時代の食糧難をつづった詩の朗読もあった。
 最後に、9条を守るための幅広い活動の展開に加え、「敗戦、行政分離、米軍支配、復帰運動、日本復帰まで奄美の苦難の歴史を伝えるとともに、その悲惨な歴史の根源は戦争にあったと訴え続けよう」というアピール文を採択した。[南海日日新聞 2005/05/04]

※元記事に連絡先の電話番号が書かれていたものは省略しました。

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