歴研大会に行ってきました

今日は、10数年ぶりに歴研大会に行ってきました。出席したのは現代史部会と、お昼休みに開かれた教科書問題の特設部会。

特設部会は「歴史研究と教科書叙述」というテーマで、扶桑社の「新しい歴史教科書」の問題点を検討するもの。140人定員の教室に、僕を含め立ち見の人まででて、全部で180人の参加。若い人たちが多かったのが印象的でした。

特設部会のメイン報告は、横浜国立大学の大門正克氏。「新しい歴史教科書」の全体をつらぬく“物語”として、4点指摘されていましたが、とくに印象に残ったのは、「戦前の日本の歴史をできるだけ“普通の国”として描く」という点と、国民は「よく努力した、頑張った」ということが一方的に強調されているという点。

しかし、その手法は姑息です。

たとえば、「1878(明治11)年、国会に先立ち地方議会(府県会)が解説された。これは、国民に議会制度の経験を積ませることが目的だった」という記述。1878年の時点では、国会開設の方針はまだ決まっていませんでした。だから、国会開設をみこして、議会制度の経験を積ませるために府県会を設置したなどということは絶対にありえないのです。1881年の政変をめぐっても、国会開設の時期をめぐる対立が原因であるかのような書き方をしていますが、このとき一番問題になった北海道開拓使官有物払い下げ事件については一言も触れていないのです。

で、こんな調子で明治維新→国会開設→大日本帝国憲法→政党政治→大正デモクラシーとつなげていって、全体として、「開明的な政府・天皇によって与えられた議会政治、そのもとで政党政治も展開し民主主義もひろがる、よく努力した国民」という“物語”を描いているというのです。

しかし、この「国民の努力」というのも、国家が主語で、国のために努力した、頑張ったというものになっている、というのが報告の趣旨。そのために、都合の悪いことは省略しながら、部分的・一方的な強調やら、因果関係を逆転させたり、あるいは聖徳太子の十七条憲法について、「現代の日本にも通じると考えられる条文を上げてみよう」などという時空を超越した意味不明の設問をもうけていたりします(しかも、実はご丁寧なことに、教科書本文に、「公のために奉仕する役人の心がまえと国家の理想が示された。和を重視する考え方は、その後の日本社会の伝統となった」と答えが書いてあるのです)。

なるほど、これはひどいというか、巧妙だなあと呆れる一方で、そうはいっても底の浅い代物だと思いました。何にせよ、メイン報告をはじめ、サブ報告もワーキング・グループのみなさんの丹念な分析・調査が生かされた報告でした。ご苦労さまでした。m(_’_)m

さて現代史部会の方ですが、「社会主義経験の脱神話化――新たな体制の構築と地域社会の変容――」というテーマのもとで、次の2報告がおこなわれました。

  • 足立芳宏「戦後東ドイツ農村の『社会主義』――農業集団のミクロ史分析」
  • 田原史起「中国農村における革命と社会主義経験――地域社会の『原子化』と『組織化』」

足立芳宏氏の報告は、ドイツ北部のロストク県バート・ドベラン郡の2つの農村をフィールドに、1945?52年の土地改革期から、1952年7月以降の集団化の時期の動きを、ベルリン蜂起などの「6月事件」(1953年)を挟んで、実証的にあとづけたもの。実証が細かくて、門外漢の人間には全体像を見失いそうになりましたが、東独の集団化や「社会主義」といわれたものの実態を知る上で興味深い報告でした。

足立氏は「入植型社会主義」と言われていましたが、東独の場合、「社会主義」化=ソ連の占領による押しつけであり、農地改革というのも、まず旧農園主(旧ユンカー)が逃げ出して、そのあとソ連軍がやってきて家畜を持ち去ってしまった後、東方領域からの引き揚げ者(「難民」)たちがやってきて、さてどうするか、という問題だったことなど、旧東独の「社会主義」なるものの正体を浮かび上がらせる歴史的な研究がまだまだ必要だということを痛感しました。

それから、旧東独でつくられたLPG(農業生産協同組合)が、東西ドイツの統一後、法的には禁止されたにもかかわらず、強靱に生き残っているという事実の指摘には、びっくりしました。このあたり、農業集団化といっても実態がどうなっているのか、もっと知りたいと思いました。

他方、田原氏の報告は、歴史研究の報告というより、社会学的アプローチという感じで、いまいちイメージが茫漠としていて、よく分かりませんでした。地域社会の「原子化」と「組織化」という視角も、機能分析的で、しかも「原子化」「組織化」されるという「地域社会のネットワーク」なるものもよく分かりませんでした。あとの討論になって分かったのですが、フィールドとされた江西省の農村は、人民公社時代にようやく灌漑設備ができて米作がされるようになったけれど、それ以前はサツマイモしかできなかったというような地域。だから、日本の農村のように、水利や刈敷のための入会地といったものがあって、その維持・管理のために日常的に村落共同体が機能する、というのとは、かなり様子が違うようです。そのへんのイメージがわいてくると、もう少し報告の意味が分かってくるのではないかなと思いました。

ただ、中国農村の「原子化」「組織化」といえば、やっぱり一番問題になるのは、いわゆる「大躍進」期ではないでしょうか。報告はそこまで及んでおらず、にもかかわらず、現在の農民問題に直結させられるので、ちょっと議論が飛躍しているように思われました。

あともう1つ。両報告ともですが、今日は、社会主義の「脱神話化」ということで、旧東独と中国でやられたことを社会主義として「神話化」しないという点からもっぱら議論されました。

しかし同時に、そうしたことがやられた東独や、過去の中国が本当に「社会主義」だったといえるのか、そのことを問う作業がなければ、本当に「脱神話化」したとはいえないのではないでしょうか。期せずして両報告とも、農業集団化を「社会主義経験」の典型として取り上げた訳ですが、マルクスもエンゲルスも、強制的な農業集団化を否定していました。にもかかわらず、上から強行的におこなわれた農業集団化を「社会主義化」といってよいのでしょう? その根本を問わなければ、社会主義の「脱神話化」といっても発展的な論議にならないように思いました。

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