置塩信雄編『景気循環』

置塩信雄編『景気循環』(青木書店)

置塩信雄編『景気循環』(青木書店、1988年=絶版)のノート。

目次は以下のとおり。

序章
第1章 資本制と恐慌(置塩信雄)
第2章 統計的事実(相葉洋一、佐藤真人)
第3章 諸学説の検討(佐藤良一、相葉洋一)
第4章 景気循環の基本モデル(萩原泰治、新里泰孝)
第5章 独占・政府と景気循環の変容(中谷武)
第6章 数値解析の理論と応用(越智泰樹)
補章 数式モデルとプログラムの解説

第1章 資本制と恐慌

[1]恐慌理論の課題

恐慌理論が明らかにすべき課題

  1. 恐慌・景気循環が資本制社会の特有の現象であること。
  2. 恐慌・景気循環が資本制社会の再生産にとって不可欠なものであること。
  3. 恐慌・景気循環が資本制社会を止揚し新しい生産関係をつくり出す諸条件を醸成すること。

資本制を対象とする経済学の課題

  1. 資本制そのものが、人間の歴史の上で特定の段階で発生した特殊的なものであること。
  2. 資本制は自己の内部に自己再生産機構を備えていること。
  3. 資本制は自己を止揚し、新しい社会形態をつくり出す諸条件を醸成すること。

資本制を「歴史的に把握する」というのは、資本制が特殊歴史的なものであることを把握するだけでなく、資本制が自らを再生産するための営み自体が、資本制の存在と不両立な諸条件を生み出し、やがて自らを止揚するものであることを明らかにすること(9ページ)。資本制の存在根拠を示すとともに、資本制が自らを持続させ、再生産する仕組みを明らかにすると同時に、資本制が自らを止揚する諸条件を醸成することを示すこと。

従来の恐慌論研究は、圧倒的な重点が<1>に向けられ、課題<2>、<3>にはそれにふさわしい重点が置かれてこなかった。資本制を真の意味で歴史的に全面的に把握するためには、課題<2>、<3>、とくに課題<3>の立ち入った解明が必要。(10ページ)

[2]恐慌・景気循環の必然性

資本制は階級社会であるということは、どういうことか。
階級社会とは、生産に関する決定(なにを、どれだけ、いかに生産し、生産物をいかに処分するかについての決定)が社会構成員の一部少数者によって独占され、他の構成員がそれから排除されている社会。(10ページ)
生産に関する決定から排除された人々は、他人の決定にしたがって労働することを余儀なくされ、剰余労働を搾取される。
生産に関する決定は、それを独占した人々によって、搾取のために行使される。

社会の総生産物のうちから、次期に再生産(同規模の)をおこなうために要する生産財補填部分を控除した残余(純生産物)の一部しか労働者には与えられず、これを控除した残余(剰余生産物)は搾取階級のものになり、彼らの個人消費、階級社会維持のための「再生産外的消耗」、次期以後の生産拡大のための追加的生産財投入、その他の空費などにあてられる。(11ページ)

資本制社会のいま1つの特徴は、商品生産が支配的であること。
商品生産が支配的であるとはどういう意味か。社会的分業が広範におこなわれているにもかかわらず、分業の各肢で、生産手段が私有され、そこでの生産に関する決定が私的・分散的におこなわれ、生産物が私有される。
その結果、生産物は交換を目的として生産される商品となり、社会的な物的再生産は諸商品の交換を通しておこなわれる。
諸商品の全面的交換は貨幣を媒介とする関節交換によってしかおこなわれえない。

労働力以外に所有するもののない労働者は、生活資料を手に入れるために、労働力を貨幣と交換(労働力の販売)せざるをえなくなり、賃労働者となる。(11ページ)

資本家は、社会的分業の各肢について私的・分散的に、生産に関する決定をおこなう。その決定、投下した貨幣に対する利潤(売上?コスト)の比率(利潤率)を基準としておこなわれる。(11ページ)

不均衡の累積過程(12ページ)

一見、好ましい状態に見える。資本家にとっては、高い利潤率、良好な売れ行き、資本の正常以上の稼働。賃労働者にとっては、雇用の増大、実質賃金の増大。

しかし、上方への不均衡累積過程の進行は、やがて資本制の再生産を不可能にする。上方への不均衡累積過程は、消費財部門に対する生産財部門の相対的な拡大を伴う、その結果、労働者の実質賃金率(時間当たり貨幣賃金で購入できる生活資料の量)は低下してゆく。
さらに累積過程が進行すると、やがて労働者階級全体の受け取る生活資料の総計そのものが減少する。なぜなら、失業が消滅した後の上方への累積過程は、生産財部門への労働力を消費財部門から引き抜くことによって進行。消費財の生産は減少。その結果、かりにその消費財のすべてを労働者が受け取るとしても、労働者階級の手にする生活資料は減少する。その結果、労働力の再生産は不可能になり、資本制の再生産も不可能になる。

逆に、超過供給が加速する下方への累積過程が進むと、どうなるか。失業の増大、実現利潤率の低下。資本家階級が労働者階級の雇用能力を喪失してゆくと、資本制的生産関係の存立が危うくなる。

したがって、資本制は、どのような仕方であれ、上方・下方への不均衡の累積過程を逆転させなければならない。その結果、資本制経済は循環運動をする。――恐慌・景気循環の必然性(13ページ)

消費生産は恐慌・景気循環の必要条件。「抽象的可能性」。しかし、実現困難、不均衡が生じるということと、恐慌・景気循環が生じるということとは同じではない。不均衡が生じても、それが一方的に累積していかなければ、恐慌・景気循環は生じない。不均衡の累積が生じるのは、資本制が単なる商品生産社会であるからではなく、それが同時に階級社会であるからである。(13ページ)

「生産と消費の矛盾」をどう理解するか(14ページ)
労働者や資本家の消費需要が制限されているもとで、資本家が生産を加速的に増大したとしても、商品の実現困難はかならずしも生じない。というのは、資本家が生産を加速的に増大しようとするときは、蓄積需要が必ずそれに先行して加速的に増大するので、労働者・資本家の消費制限にもかかわらず、商品市場で超過需要状態が生じるからである。(14ページ)

「生産と消費の矛盾」というときの生産とは、何を指しているか?
 (イ)消費財生産か
 (ロ)消費財・生産財を含む総生産か
 (ハ)総生産から生産財の補填部分を控除した純生産か
(イ)とすると、消費財生産>消費という意味になるが、これは消費財部門の超過供給を示し、このような事態がいつもあるわけではない。(ロ)について――生産財の補填が必要であることを考えれば、いつでも消費財生産+生産財生産>消費でなければならず、矛盾とはいえない。したがって、「生産と消費の矛盾」という場合には、(ハ)でなければならない。

次に、(ハ)純生産>労働者消費+資本家消費であるためには、純生産>労働者消費でなければならない。労働者消費=賃金だとすれば、純生産>賃金でなければならない。これはつまり、搾取がおこなわれている、ということ。

だから、労働者が搾取されているという事態は、恐慌の発生を考えるうえで基本的な重要性をもつ。(15ページ)

労働者が搾取されているからこそ、商品の実現のために生産財の補填需要と労働者の個人消費では需要不足になり、資本家の蓄積需要が不可欠となる。これが不均衡累積の主要因の1つ。(15ページ)

[3]資本制再生産と恐慌・景気循環

恐慌・景気循環が資本制社会の再生産にとって不可欠である側面について。

<1>「生産と消費の矛盾」の均衡化

恐慌・景気循環は、上方あるいは下方への不均衡の累積過程の均衡過程でもある。
しかし、この均衡化過程そのものが、同時に矛盾に満ちたものである。

強蓄積の時期は、社会主義にとってもhard timeである。しかし、これ以上蓄積する必要がないという社会的な合意が成立したとき、社会主義では何が起こるか。それまでの強蓄積によって積み上げた生産能力を社会構成員の消費に向ける決定がおこなわれ、生産と消費のギャップは縮小し、構成員にとってhappy timeが訪れる。
ところが資本制では、蓄積の停止は恐慌、下方への累積過程、失業、生活難を生み出すdark dayになる。(16ページ)

<2>利潤率の均衡化

 上方への累積過程では、蓄積需要の加速的増大のため、生産財部門でより激しい超過需要、過度稼働状態が発生する。その結果、生産財部門の利潤率は、消費財部門の利潤率よりも急速に上昇していく。これに導かれて、生産は生産財部門にシフトしていく。ところが、蓄積需要が減退し始めると、この運動は逆転される。即ち、こんどは、生産財価格、消費財価格、貨幣賃金率の順で定価し始め、生産財部門の利潤率は消費財部門の利潤率よりも急速に低下。それによって、生産は消費財部門にシフトする。
このようなプロセスを通じて、生産財部門の利潤率と消費財部門の利潤率の格差は、ほぼ均等化してゆく。

生産価格論での利潤率の均等化は、一般に理解されているような順調な調整プロセスを経ておこなわれるのではなく、恐慌・景気循環を通じておこなわれる。(17ページ)

<3>賃労働の再生産

資本制の再生産によって、何よりも重要なのは賃労働の再生産。(17ページ)
そのために必要なことは、実質賃金と雇用量が、ある下限と上限とのあいだに押し込められていること。

実質賃金について――
生理的・社会的な最下限を割り込めば、労働者の規則的な労働市場への出現は期待できなくなる。
実質賃金が資本家による搾取を許さない程度に大きくなれば、資本家は労働力を購入しえなくなり、労働力誌上は成立しない。
実質賃金が労働者に生産手段の買い戻しを可能にするほど大きくなれば、労働者は賃労働者として労働力市場に出現することはなくなる。

雇用量について――
ほとんどの労働者を失業させるほどに小であれば、労働者は労働力販売による貨幣入手を期待して労働力市場に現われなくなる。資本家も、失業の脅威によって労働者を従わせることができなくなる。
逆に、雇用量が増大して完全雇用状態が持続すると、やっぱり資本家は、労働者を自らの規律に服させることが困難になる。

実質賃金と雇用量を、資本制の再生産にとって適合的な範囲に押し込めるメカニズムが恐慌・景気循環。(18ページ)

[4]資本制止揚と恐慌

<1>包摂不能な生産力の出現

新生産技術の導入による生産力の上昇は、資本制の再生産・維持にとって重要な役割を果たす。新技術の導入で労働生産性を高めてゆくことによって、労働者に実質賃金率の上昇を許しつつも、搾取率・利潤率の定価を免れる余地が拡大する。また、資本は、労働生産性を高め、資本の技術的構成を高めることによって、労働供給の増加率の制限をこえて、長期にわたる資本蓄積率・生産の成長率を高めることができる。

だが、資本制的生産関係は、どのような性格をもつ生産力であっても、そのもとに包摂できるという訳ではない。資本制が包摂できるためには、生産力が特定の範囲内にあることが必要。(19ページ)

  • 労働生産性の上昇にともない、失業問題が鋭くなってくる。そうすると、資本制の安定性が揺すぶられる。
  • 新生産技術の開発・導入に巨大な資金が必要になるが、私的な調達の限界を超えるようになる。国家権力による公的資金の導入→私的資本投入の原理と矛盾→贈賄・汚職の恒常化。
  • 新生産技術は、人間の生活環境、人体、自然に深刻な変化を与えるようになる。そのような技術をもってする生産に関する決定を私的資本家による私的・分散的決定に委ねていてよいかどうか。
  • 新生産技術は人間の情報処理能力を著しく高める。しかし、高い情報処理能力をもった多数の人々を生産に関する決定から排除し続けることは困難になる。

<2>変革主体の形成

生産力が資本制的生産関係と不両立になってくると、人間社会は、次の2つのいずれかを選択せざるをえなくなる。

  1. 資本制的生産関係を、国家介入、労働者階級へのイデオロギー的操作、弾圧、軍事力など、あらゆる手段で維持する。
  2. 資本制的生産関係を新しい社会関係に置き換える。そこでは、生産に関する基本的決定が私的でなく、社会的におこなわれる。

この選択は人間自身がおこなう。後者を選択する意欲と能力をもつ主体はどのように形成されるか。

この主体形成にとって、恐慌・景気循環は大きな役割を果たす。下方への累積過程では、労働者階級は失業を余儀なくされ、上方への累積過程で労働者を強搾取することによって積み上げられた生産能力は遊休する。上方への累積過程では、失業率は下がるものの、搾取率が強められる。新技術の導入によって労働者に失業・配置転換を強要し、従来の熟練を無価値なものにする。下方への累積過程で、資本家には、破産か新技術導入かという圧力が加えられ、新技術導入のための資金を調達しえない中小資本を破産に導く。生産力の高まりにつれて、労働者階級を中心とする構成員の情報処理能力が高められる。新しい生産力が資本家の利潤追求を基準とする私的決定に委ねられる結果として、生活環境、人体、自然に対する危険が生み出される。

このような事態の中で、生産関係の置き換えが必要であることを認識し、それを実行する能力を持つ労働者をはじめとする主体が形成される。

他方で、資本制の再生産は、経済的困難に陥った労働者や中小資本家にたいして、そこから私的に抜け出そうとして、現存の生産関係を維持する方向に行動することを促す作用もある。

この2つの作用が衝突しつつ、労働者を中心とする大多数の国民が資本制的生産関係の止揚の必要性と可能性を認識してゆく過程がすすむ。(20?21ページ)

以上、第1章終わり。

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