「統一見解」をどう見るか

菅内閣が打ち出した「我が国の原子力発電所の安全性の確認について」(いわゆる「統一見解」)。政府の統一見解として閣議決定されるのかと思いきや、枝野幸男・内閣官房長官と海江田万里・経済産業大臣、細野豪志・内閣府特命担当大臣の連名。

内容は、首相官邸「東日本大震災への対応」ページから確認できる。

経済産業省の「安全宣言」で、停止中原発の再稼働をすすめようとしていた路線が、事実上、破綻したことは明らか。しかし、「統一見解」では「稼働中の発電所は現行法令下で適法に運転が行われている」、「定期検査中の発電所についても現行法令に則り安全性の確認が行われている」と述べるなど、過去の「安全神話」を引きずっている[1]

一次評価と二次評価の2段階のテストについて、枝野官房長官は「一次評価は二次評価に向けた途中経過の報告ではない」(7月11日記者発表)と述べたものの、再稼働にむけて「簡易評価」を先行させたという印象は否めない。

さらに、原子力安全委員会による確認のもと、「評価項目・評価実施計画」を作成するが、評価そのものは電力会社がおこなうことになっている。東京電力は過去に何度もデータ捏造の前科をもつし、九州電力は「やらせメール」を組織的におこなう「風土」をもつ会社。こんなところが「評価」をおこなって、本当に安全審査になるのか疑問だ。

そして、それを原子力安全・保安院が確認し、原子力安全・保安院の確認作業の「妥当性」を原子力安全委員会が確認する、という。これを「ダブル・チェックがおこなわれる」と説明しているメディアもあるようだが、原子力安全委員会は、原発の安全性を直接チェックするわけではなく、原子力安全・保安院のチェックが適切におこなわれたかどうかを確認するだけ。こうしたやり方は、これまでの原発の安全審査でもやられてきたもので、それがダブルチェックになっていなかったことは、福島第1原発の事故が証明している。

そもそも、今回の事故で、政府自身、規制機関の原子力安全・保安院が、原発推進機関である経済産業省の一機構とされていること自体を問題だとして、原子力安全・保安院の分離・独立が必要だとしているが、それもまだまったくおこなわれていない。原子力安全委員会が、十分機能していないことも、誰もが強く感じているところだ。

まず、原子力安全・保安院を経済産業省、政府から独立させ、原子力安全委員会をふくめて、十分な権限とみずから検査・評価をおこないうる十分な体制を確立し、そのもとで安全点検をすすめければならない。

マスコミ各紙でも、共通して、こうした問題が指摘されている。菅政権の「混乱」を批判する声は大きいが、そもそもこれまでの「安全神話」を打破しようというのだから、さまざまな「混乱」が生じること自体は避けがたい。問題は、国民の声に押されて、原発の安全性をより厳重に再確認する方向にむかう動きと、それを曖昧にして骨抜きにしようという動きとのあいだで起きている「混乱」を、メディアはいったいどちらの側へ進めようとしているのか、ということだ。そこを、私たちもきちんと見極めていかなければならない。

社説:原発テスト―第三者の検証が要る:朝日新聞
社説:原発安全評価 2段階の意味を明確に:毎日新聞
原発統一見解 再稼働への二重基準だ:北海道新聞
原発統一見解 再稼働前提で理解得られるか:愛媛新聞
社説:原発統一見解/政府は何をやりたいのか:神戸新聞
【東日本大震災】原発統一見解 「まずは動かせ」が透ける:新潟日報
原発再稼働の統一見解 安全性確保を最優先に:中国新聞
原発政府見解 首相の説明を聞きたい:信濃毎日新聞

原発の再稼働 混乱招くあいまいな統一見解:読売新聞
この統一見解で原発は再稼働できるか:日本経済新聞
【主張】原発統一見解 国民に不便強いるだけだ:MSN産経ニュース

全国紙では、「朝日新聞」は「震災後の安全検査が名ばかりだったことを考えると、一歩前進」と評価しつつ、ストレステストは、「あくまで『計算』」「数値いかんで、結果はいかようにも変わる」と指摘。安全・保安院の体質や、原子力安全委員会の体制にたいする不信も指摘しつつ、「地震やシステム工学といった原子力以外の専門家」を含めた第三者による検証を求めている。「毎日新聞」も、「安全委に対する信頼も揺らいでいる」と指摘して「さらなる独立性や信頼性」の確保を求めている。

地方紙はさらに厳しい。「北海道新聞」は、二段階の評価を「二重基準」と批判。「すべての評価を終えてから再稼働を判断すべきだ」と指摘する。さらに「福島第1原発の事故後、保安院と安全委のダブルチェック体制自体に疑問の目が向けられてきた」「本来は独立した新たな規制機関の設置を急ぎ、監督機能を強化する必要がある」とも述べている。「安全性を高めるための方針転換を迷うべきではないし、新たな評価には一層の厳格さが求められる」と述べつつ、「今回の統一見解は、政府内で対立するそれぞれの主張に配慮した妥協の産物ではないか」と疑問を呈している。

「愛媛新聞」も、「2段階評価で透けて見えるのは『再稼働ありき』の姿勢」と指摘。評価の機関や、電力会社に評価をおこなわせるというやり方について、「新たな機関を設置し、従来と異なった手法で評価するのが望ましい」と批判している。

「神戸新聞」は、「再稼働を認めるかどうかの判断に厳格な科学的根拠を踏まえるのは当然」としつつも、「期待の持てるものになるかどうかは不透明」「電力会社が原発を自己評価し、保安院がチェックする評価のやり方では、額面通りに取る人は少ないだろう」と指摘する。

「新潟日報」は、もっとストレートに「実を取ったのは原発の再稼働に執念を燃やしていた経済産業省であり、原子力ムラ」だと指摘。評価自体は電力会社がおこない、その結果を原子力安全・保安院が確認し、さらに原子力安全委員会が妥当性をチェックするというやり方にたいしても、「これでは『3・11』前と、何も変わっていない」と厳しく批判している。

「中国新聞」は、EUのテストにふれて「事業者任せにしない点も見習うべきではないか」と、電力業者に「評価」をおこなわせることい疑問を呈している。

「信濃毎日新聞」は、「従来の組織に検証を委ねたのでは、テストの信頼度が疑われる」「チェック体制の抜本改革が必要」と指摘。さらに、「福島第1原発の事故を真正面から受け止め、エネルギー政策や原発の安全性を抜本的に見直す必要がある。そうした作業を踏まえたうえでのルールでなければ、支持は得にくい」との指摘は、原発「再稼動」をめぐる問題に対処する基本を指摘したものだろう。

原発テスト―第三者の検証が要る

[朝日新聞 2011年7月12日付]

 定期検査を終えた原発の再稼働をどう進めるか。すったもんだの末、新しく設けるストレステスト(耐性評価)を、その基準とすることが決まった。
 拙速にこの夏の運転再開へ動いた海江田万里経済産業相も問題だが、行き当たりばったりで政策を変えて混乱を招いた菅直人首相の責任もきわめて重い。
 政府は、電力の安定供給と脱・原発依存を両立させるという難しい問題に直面している。原子力行政で自ら不信を買うような行為を重ねることは、二度と許されない。
 新基準となるストレステストは、どの程度の地震や津波に耐えられるか、その余裕度をコンピューターで計算して確認する。設計時に一律に課される安全基準とは異なり、経過年数や地質構造など、それぞれの原発固有の条件を反映させる。
 「安全性」の範囲も、多岐にわたる。政府が参考にする欧州では、航空機の墜落やミサイル攻撃なども評価の対象だ。
 具体的なテスト項目など、細部の設計はこれからだが、震災後の安全検査が名ばかりだったことを考えると、一歩前進に違いない。
 福島の事故を受けて、経産省の原子力安全・保安院が各電力会社に緊急対策を実施させた後の「安全宣言」では、評価の対象は短期的な措置に限られていた。周辺自治体を含む地元の意見も十分に取り込んだ項目づくりを急いでほしい。
 もっとも、ストレステストは、あくまで「計算」だ。式にあてはめる数値いかんで、結果はいかようにも変わる。
 また、ストレステストの本来の目的は、原発ごとに脆弱(ぜいじゃく)な部分を徹底的に洗い出すことであり、再開を前提とした試験でもない。テスト結果を確認する保安院が「はじめに合格ありき」の姿勢のままならば、同じことの繰り返しになる。
 政府は、テスト項目や結果の評価に原子力安全委員会を関与させることで客観性を保つ方針だ。しかし、安全委自体、福島の事故で期待された役割を果たしておらず、国民の厳しい視線を浴びている。
 地震やシステム工学といった原子力以外の専門家を含め、第三者が検証できるよう、できるだけ情報を公開することが望ましい。テロ対策などの安全保障上、難しい面もあるが、「原子力村」に委ねてきた安全チェックの態勢を変えるときだ。
 同時に、国民の信頼を取り戻すには、保安院の独立を軸とした規制・監視当局の再編・強化を急がなければならない。

社説:原発安全評価 2段階の意味を明確に

[毎日新聞 2011年7月12日 2時31分]

 ストレステスト(耐性試験)を参考にした原発の安全評価について、政府が統一見解を公表した。定期検査中の原発に対する「1次評価」と、運転中の原発に対する「2次評価」の2段階で評価するというが、わかりにくい。
 ストレステストは今回の津波のように設計の想定を超える事象が起きた場合に、耐えられる余裕がどれほどあるか示すものだ。原発が停止中でも運転中でも、基本的な考え方は変わらないはずだ。
 政府内には安全評価を原発再稼働の条件とするかどうかで不一致があった。統一見解は、異なる意見の双方に配慮した折衷案のようであり、1次評価は、もともと「再開ありき」と受け取られかねない。
 枝野幸男官房長官は、1次が2次より簡易になるわけではないとの見方を示しているが、不信を招かない明確な説明が必要だ。
 政府は、安全評価の項目や計画、評価結果を原子力安全・保安院が作成・確認するだけでなく、その妥当性を原子力安全委員会がダブルチェックする方針も打ち出した。
 東京電力福島第1原発の事故で、経済産業省に属する保安院に対する人々の信頼感は著しく低下している。最低限、独立した機関の評価が必要であり、安全委の役割は重要だ。
 ただ、安全委に対する信頼も揺らいでいることを思えば、さらなる独立性や信頼性を確保することも考慮した方がいい。欧州連合(EU)が実施している原発のストレステストでは、他国の専門家を含めた相互評価が実施される。日本も外国人などを含めた専門家チームで判断するなど、工夫が必要ではないか。
 安全評価をめぐる役割について政府と安全委の間に温度差がみられるのも気になる。政府は安全委を積極的に関与させる姿勢を示しているが、安全委はあくまで保安院の評価法や評価結果の妥当性を「確認する」との立場だ。
 再稼働の可否については、政府が責任を持って判断すべき事項だろう。ただ、そのためのデータや各原発の安全評価については、安全委にも独立した立場から積極的に関与してもらいたい。
 2段階評価の妥当性を考える上では、電力需給の実情も重要な要素だ。ところが、立場によって「電力には十分な余力がある」という見方と、「このままでは日本の産業がだめになってしまう」という見方があり、はっきりしない。
 この夏はどうか。今年の冬や来年の夏はどうか。自家発電などの潜在力まで含めたらどうか。さまざまな条件に応じた現実の姿を、政府も関係機関も、はっきり示す努力をしてほしい。

社説:原発統一見解 再稼働への二重基準だ

[北海道新聞 7月12日]

 政府は、原発の安全性評価をめぐる新基準について統一見解を発表した。
 評価は欧州連合(EU)で導入されたストレステスト(耐性評価)を参考にしたという。
 だが、原発の安全性向上につながるかどうか疑問点が多く、立地自治体の理解は得られまい。
 まず、評価を2段階で行うのは、二重基準と言うほかない。
 定期検査で停止中の原発を対象にした1次評価で、想定を超えた津波や地震にどこまで耐えられるか調べ、2次評価ではすべての原発に対し、総合的に安全を確認する。
 ところが、再稼働の可否については、1次評価で決めるという。2次評価を待たないとしたら、あえて2段階に分ける政府のやり方は、運転再開を急ぐための方便と言われても仕方がない。
 再稼働した原発に、2次評価で問題が見つかれば、不十分な審査で見切り発車させたことになる。
 再び停止させる事態になれば、立地自治体はますます混乱し、原子力行政は完全に信頼を失うだろう。すべての評価を終えてから再稼働を判断すべきだ。
 原子力安全・保安院が依然として主役を務めるのも問題だ。
 規制機関でありながら、経済産業省の下部組織として原発を推進してきた保安院だけでは信頼性が保てないため、内閣府の原子力安全委員会も評価に加わる。
 だが、福島第1原発の事故後、保安院と安全委のダブルチェック体制自体に疑問の目が向けられてきた。
 政府は既に保安院を経産省から切り離す方針を打ち出した。本来は独立した新たな規制機関の設置を急ぎ、監督機能を強化する必要がある。
 評価の項目、方法から審査結果まですべての過程を詳細に公表することも求めたい。
 国内外の専門家の検証と批判を受けられるようにし、寄せられる疑問に丁寧に答えていくことで信頼を構築しなければならない。
 玄海原発の再稼働をめぐり、菅直人首相が、いったん海江田万里経産相が出した安全宣言を覆したことは、混乱を招いた。
 だが、福島の事故が予断を許さない状況で、あっさり安全を宣言することも、国民の不安を顧みない無責任な態度だった。
 安全性を高めるための方針転換を迷うべきではないし、新たな評価には一層の厳格さが求められる。
 今回の統一見解は、政府内で対立するそれぞれの主張に配慮した妥協の産物ではないか。そうであれば、安全審査の仕切り直しには意味がない。政治不信を増幅させるだけだ。

社説:原発統一見解 再稼働前提で理解得られるか

[愛媛新聞 2012年07月12日]

 政府が、原発再稼働をめぐる見解を統一し、安全性を評価するための新たなルールを発表した。
 具体的には、欧州諸国で実施しているストレステスト(耐性評価)を参考に、定期検査中で再稼働準備の整った原発の施設・機器に関し、限界までの余裕度を確認する1次評価と、全原発を対象に総合的に調べる2次評価の2段階で実施するとの内容だ。
 1次評価は九州電力玄海原発2、3号機で先行実施する。当然、四国電力の伊方原発3号機も1次評価の対象になってくる。
 再稼働をめぐっては玄海原発の再開を急いでいた海江田万里経済産業相と、突然ストレステストの実施を表明した菅直人首相との食い違いが表面化。原発が立地する自治体などが政府の統一見解を求めていた経緯がある。
 このため、きのうの統一見解は、佐賀県玄海町など反発を強める原発立地自治体に向けたものともいえる。
 政府がまず優先しなければならなかったのは、原発の安全確保だったはずだ。しかし、2段階評価を唱えながら再開は1次評価だけで決まってしまう。電力不足の深刻化を懸念しているのだろうが、2段階評価で透けて見えるのは「再稼働ありき」の姿勢である。
 余裕度を調べる具体的手法も示されていない。これでは、1次評価だけで再稼働の可否を決めることに地元自治体の理解は得られまい。
 新たな安全評価は、内閣府の原子力安全委員会の下で、経産省原子力安全・保安院が項目や計画を作成し、電力会社が行う。結果については保安院が確認し、安全委員会もダブルチェックするという。これまでに比べ、安全委員会の関与を強めたのが特徴といえる。
 しかし、保安院に関しては、東京電力福島原発の事故対応などで国民の信頼を失っているといっていい。原発推進の旗振り役である経産省からの分離はいうまでもなく、原発への規制と監督が保証された独立性の高い組織の必要性が指摘されている。
 今回の統一見解ですら、「保安院による安全性の確認について、理解を示す声がある一方、疑問を呈する声も多く、国民、住民の十分な理解が得られているとは言い難い状況にある」と指摘しているほどである。
 新たな機関を設置し、従来と異なった手法で評価するのが望ましい。
 福島原発事故で、国民の原発への信頼は大きく揺らいでいる。再稼働を前提にした場当たり的な対応だけでは立地自治体だけでなく、国民も納得すまい。エネルギー政策をどうするのか。国は基本方針を示すことを急ぐべきだ。

社説 統一見解 原発統一見解/政府は何をやりたいのか

[神戸新聞 2011/07/12 10:19]

 政府は、日本のエネルギー政策をどう導こうとしているのか。そこがはっきりしないと、何を言っても思いつきの印象を与え、信用されない。
 きのう発表した原発再稼働のための安全性評価の新ルールにしてもそうだ。
 2段階で評価し、1次評価は定期検査で停止している原発を対象に、想定を超える津波や地震にどこまで耐えられるか分析する。2次は再稼働後も含め運転中の全ての原発を対象に総合的な安全評価を進め、運転継続の是非を判断する。
 定期検査で停止中の九州電力玄海原発(佐賀県)の再稼働をめぐり、政府は矛盾する対応を行った。経済産業相が知事に再稼働を要請したかと思えば、首相が唐突に安全性評価の導入を表明し、再稼働の条件のように言う。ばらばらな対応が政治不信と政権内の亀裂を深めた。
 福島の事故で原発への不安が高まっている以上、再稼働を認めるかどうかの判断に厳格な科学的根拠を踏まえるのは当然である。地震や津波、高経年化などにより、安全の確証が得られない原発は当面、再稼働を見合わせるか、廃炉にする毅(き)然(ぜん)とした姿勢を持つべきである。
 だが、期待の持てるものになるかどうかは不透明である。具体的手法は未定だが、電力会社が原発を自己評価し、保安院がチェックする評価のやり方では、額面通りに取る人は少ないだろう。
 原子力政策を推進する経産省に規制当局の保安院が付属する不適切さは、かねて指摘されてきた。国際原子力機関(IAEA)も、先月の閣僚級会合であらためてやり玉に挙げた。その改革に手がついていない。そんなテストでは国際的にも信用されるものにならない。
 政府は、再稼働の判断に原子力安全委員会を関与させる。ダブルチェックは必要だが、独立性と権限を保っていてこそだ。安全委員会は非常時、首相に技術的助言をする任務がある。福島の事故では、放射性廃棄物がまき散らされているのに、やるべき仕事ができず、存在感を示せなかった。とってつけたように、役割を押し付けても責任は果たせない。
 原発の安全に厳しい姿勢をうかがわせる一方で、再稼働に前のめりの印象も見え隠れする。原発をどうしたいのか。政府の腰が定まらないために、統一見解をわかりにくくしている。危険な原発をエネルギー政策の主力に置くのか、太陽光など再生可能エネルギーに比重を移すのか、将来図を早急に示すことだ。
 安全性評価は、その判断を誤らないためである。目的を違えてはならない。

【東日本大震災】原発統一見解 「まずは動かせ」が透ける

[新潟日報 2011年7月12日]

 エネルギー政策の抜本的な見直しを言い出した菅直人首相の顔は立てている。
 だが、実を取ったのは原発の再稼働に執念を燃やしていた経済産業省であり、原子力ムラであろう。
 政府は11日、2段階の安全評価を実施することなどを盛った「原発の再稼働をめぐる統一見解」を発表した。
 しかし、安全評価の仕方や再稼働ありきの姿勢など、内容は疑問符だらけと言わざるを得ない。経産省の思惑が透けるのだ。
 統一見解の公表に至ったのは、閣内の意思統一の欠如に立地自治体が不信と反発を強めたためである。
 海江田万里経産相は全国の原発の「安全宣言」を行い、「定期検査中の原発の再稼働」を要請した。
 ところが菅直人首相は突如、ストレステスト(耐性評価)などの新基準を導入する方針を表明した。これに対し、経産相は辞任に言及するなど、政権内のあつれきは深まった。
 枝野幸男官房長官が明らかにした統一見解は「定期検査後の再稼働は、国民・住民の十分な理解が得られているとは言い難い」とした。当然である。
 その上で、解決策として欧州諸国で導入されたストレステストを参考に新たな安全評価を実施すると明記した。
 問題は、その新たな安全評価の仕組み、在り方である。
 新たな評価は、原子力安全委員会の下で評価項目・実施計画を作成し、電力会社が行う。結果を経産省原子力安全・保安院が確認し、さらに安全委が妥当性をチェックするとしている。
 これでは「3・11」前と、何も変わっていない。この仕組みで福島で「レベル7」の大事故が起きたのだ。
 事故を起こした電力会社、保安院、安全委に安全評価をする資格はない。
 加えて評価を1次、2次の2段階に分けた点も疑念が残る。
 1次評価は、定期検査中で起動準備が整ったものから津波や地震が発生した際にどの程度安全にゆとりがあるかを分析する。結果を受け、地元自治体に再稼働への同意を求める。
 2次評価は欧州のストレステストの実施状況や福島原発事故調査・検証委員会の検討状況を踏まえ、全原発を対象に総合的な安全評価を行う。
 1次評価は定期検査を終えた九州電力玄海原発などで先行実施する。
 2段階といいながら再稼働の可否は1次評価で決まるのだ。経産省や電力会社は原発事故の影響で止まった原発をとにかく再稼働したいのだろう。
 1次評価で動かしてしまえば、2次評価はいつになろうが構わない。
 「供給の安心以上に、原発の安全・安心の方が優先度が高い」と言う官房長官の言葉がむなしい。

原発再稼働の統一見解 安全性確保を最優先に

[中国新聞 2011年7月12日]

 「安全宣言」を出した原発にストレステスト(耐性評価)を追加する突然の方針転換を打ち出した政府が、遅まきながら原発再稼働の統一見解を示した。
 停止中か稼働中かを問わず国内全ての原発に対し、新たなルールで安全度を調べる。福島第1原発事故を受け、欧州連合(EU)が実施しているストレステストを参考にするという。
 国際原子力機関(IAEA)も提唱する手法に照らし、原発の安全度を測ることは評価できよう。ごたついたテスト導入のいきさつはともかく、やる以上は徹底してやってもらいたい。
 というのも政府の姿勢には自然エネルギーの比重を高めるとしながら、原発推進の方針にも変わりはないとするなど、あいまいさが目立つからだ。今回も「再稼働ありき」ではないかとの疑念を向けられても仕方なかろう。
 佐賀・玄海原発の再稼働に向けた海江田万里経済産業相の「安全宣言」は、福島の事故が収束を見通せない中で早々と打ち出された。事故原因もまだ解明されておらず、安全の根拠があいまい過ぎるという批判は今なお根強い。
 原発の安全度を判定する役割はこれまで原子力安全・保安院が担ってきた。しかし安全規制をつかさどるべき保安院は経済産業省の傘下に置かれたままだ。そんな体制で安全評価をしても自作自演とそしられるのが落ちだろう。
 そこで独立性の高い原子力安全委員会を最終関門に据えたのが統一見解のポイントだという。
 今回の事故をめぐる対応では、いずれの組織への信頼も地に落ちている。保安院を早急に独立させるとともに安全委の在り方も見直す必要がある。
 津波や地震など想定を超す事態にどれくらい耐え得るか。新ルールでは事業者である電力会社などが評価を行う。
 定期点検中の原発は簡易な1次評価に合格すれば再稼働できることにした。2次評価は稼働中の全原発を対象にOKなら運転を続けさせ、不合格となれば止める。
 なぜ2段階に分けねばならないのか。点検のスケジュールやテストの内容が明確でないことも相まって分かりにくい。
 玄海原発を抱える佐賀県など地元自治体に戸惑いが広がるのは当然だろう。地元が納得するよう、情報公開による透明性の確保が不可欠といえる。
 枝野幸男官房長官は安全評価に期限を切ることは趣旨に反するとした。「再稼働ありきでない」というのが本意ならばうなずける。安全性の確保こそが何よりも優先されなければならない。
 お手本とするEUのテストでは加盟各国が互いに検証し、不合格なら運転停止や廃炉の措置も取られるという。事業者任せにしない点も見習うべきではないか。
 原発再稼働は早くても今秋まで延びる見通しだ。節電に頼るだけでなく、例えば送電ロスを減らすなど電力不足の長期化にも耐えられる社会づくりも欠かせまい。

原発政府見解 首相の説明を聞きたい

[信濃毎日新聞 07月12日(火)]

 原発の再稼働をめぐり、政府が統一見解を発表した。欧州諸国が導入したストレステストを参考にして、新たな「安全評価」を2段階に分けて実施するというものだ。
 ようやく公表された政府見解だが、不安に応える内容とはいえない。エネルギー政策の全体像を欠いたまま、再稼働に向けた道筋を何とか示したい――。苦しいつじつま合わせが透けて見えるようだ。
 菅直人政権は福島第1原発の事故を真正面から受け止め、エネルギー政策や原発の安全性を抜本的に見直す必要がある。そうした作業を踏まえたうえでのルールでなければ、支持は得にくい。
 政府見解によれば、1次評価は再稼働の準備が整った原発を対象に、想定を超える地震、津波などにどの程度耐えられるか、ストレステストを実施する。結果によって再稼働の可否を判断する。
 2次評価は、すべての原発が対象となる。ストレステストの実施状況や福島原発事故の調査・検証委員会の検討状況も踏まえ、総合的な安全評価を行い、運転継続の是非を診断する。
 内閣府原子力安全委員会の確認の下に計画を作り、各事業者が実施。結果を経産省原子力安全・保安院が確認し、さらに安全委が妥当性をチェックするという。
 再稼働の条件にストレステストを位置付けた点は評価できるが、可否を1次評価で判断していいものか、疑問が残る。
 今回の原発事故で、保安院と安全委の二重のチェック体制が働かなかったことが露呈した。それなのに、従来の組織に検証を委ねたのでは、テストの信頼度が疑われるのではないか。
 東京電力の事故対応に続き、九州電力のやらせメール事件で電力会社の体質が問われている。住民の理解を得るためには、チェック体制の抜本改革が必要なはずだ。
 依然としてエネルギー政策の具体像が示されていないことも、問題である。
 再稼働をめぐる論議では、多くの国民が安全性に不安を抱く一方、経済界からは電力不足を懸念する声が強い。この二つに応えるには、政府は中・長期のエネルギー政策の具体的な姿を示さなければならない。今回の政府見解でも肝心な点が先送りされた。これでは混乱は収まらないだろう。
 それにしても、菅首相はなぜ自分の言葉で国民に向けて説明しないのだろうか。自身が強調するエネルギー問題ではないか。一日も早い説明を求める。

そんななかで、突出しているのが「読売新聞」「日本経済新聞」「産経新聞」の3紙。さすがに「原発の再稼動を急げ」とは書けない(書く勇気がない)ので、「再稼働問題をめぐる混乱を収拾できるのか、懸念を拭えない」(読売)、「『統一』とは名ばかりで、首相と経済産業相の間であらわになった閣内不統一を覆い隠すつじつま合わせにしか見えない」(日経)、「国民に不便強いるだけ」(産経)などと論じているが、その根底に、「このままでは電力不足が深刻化する」(読売)、「原発の再稼働に関し、政府に首尾一貫した方針があるのかが疑わしい」(日経)、「場当たり的な脱原発路線は、社会や経済を不安と停滞の底に突き落とす」(産経)と、原発推進路線を続けよという立場があることは明らかだ。

社説:原発の再稼働 混乱招くあいまいな統一見解

[2011年7月12日01時09分 読売新聞]

 これで原子力発電所の再稼働問題を巡る混乱を収拾できるのか、懸念を拭えない。
 政府が原発の安全性を2段階で評価する新基準を、統一見解として公表した。
 定期検査中の原発は、各電力会社が再稼働に向けた1次評価を行う。大きな地震や津波など過酷な条件を想定し、どこまで耐えられるかを確認するものだ。
 この評価結果について原子力安全・保安院が「確認」し、さらに原子力安全委員会が「妥当性を確認する」としている。
 これとは別に、運転中の原発を含めた全原発を対象に、運転継続を認めるか、中止させるかを決める2次評価を実施するという。
 欧州で実施中のストレステスト(耐性検査)を参考に、安全評価を行うこと自体は意味がある。
 だが、見解にはあいまいな点が多く、問題が少なくない。
 一つは、テストの中身を具体的に示さないまま、再稼働の新たな条件としたことだ。
 テストでは、コンピューター上の模擬計算で緊急時の原発の状態を推定するという。欧州のテストは、原発を運転したまま実施しており、原発の再稼働問題とは結びつけていない。
 政府は再稼働の追加条件とした根拠をきちんと説明すべきだ。
 運転中の原発も、今後次々と定期検査に入り、停止する。このままでは電力不足が深刻化する。
 菅首相は最近、電力不足を補おうと、企業の自家発電の余剰分や、稼働していない火力発電所の調査を経済産業省に指示した。泥縄の対応そのものではないか。
 もう一つの問題は、原発の安全性と再稼働の是非を判断する責任体制が明確ではないことだ。
 法律上は、保安院に責任があるが、統一見解は、原子力安全委にも判断への関与を求めている。
 安全委の班目春樹委員長は「(我々が行う)安全性評価は、原発の再稼働の判断と関係ない」と述べ、個々の原発の判断に、関与することに難色を示している。
 具体性を欠き、かつ政府内の役割分担もはっきりしていない統一見解では、今後、新たな混乱が生じる可能性がある。
 そもそも、統一見解は、原発立地自治体に対する説得材料としてまとめられたものだ。
 だが、地元からは「テストの中身が不透明で、説明不足だ」などと不満の声が上がっている。国民の安心・信頼を確保するはずが、不安と不信を広げていると言わざるを得ない。

社説:この統一見解で原発は再稼働できるか

[日本経済新聞 2011/7/12付]

 政府は11日、原子力発電所の再稼働の可否を判断する「統一見解」を発表した。「統一」とは名ばかりで、首相と経済産業相の間であらわになった閣内不統一を覆い隠すつじつま合わせにしか見えない。
 原発再稼働について政府に揺るぎない方針があるのか。そこが明確でないと、原発立地自治体の不信も産業界の不安も消えない。
 統一見解は、枝野幸男官房長官と海江田万里経産相、細野豪志原発担当相の3人が話し合い、菅直人首相も了承したという。
 統一見解によると、再稼働の準備が整った原発が地震や津波にどの程度耐えられるかを調べる第1段階の安全評価と、全原発を対象にした総合的な評価の2段階で安全を確認するという。しかし評価項目や作業手順などはまだ決まっていない。
 電力会社はすでに経産省の指示に従い、非常用電源を増設するなど緊急安全対策を講じてきた。新たに設ける第1段階の評価は、これとどこが違うのか。「できるだけ早期に実施」というが、いつになるのかも明確でない。
 第2段階の総合評価は、事故調査・検証委員会の検討結果も踏まえて、長期的な視点から全原発を対象に実施するという。第1段階を通過して再稼働した原発もすべて2回目の評価を受ける。この総合評価が、福島第1原発事故後も原発を動かし続ける「最後の関門」になるのだろうか。そのあたりもはっきりしない。
 政府は欧州連合(EU)が域内の原発に実施中のストレステスト(耐性調査)を参考にするという。EUは電力供給の不安を回避しつつ福島事故で得た教訓を生かすため、原発を止めずシミュレーション(模擬実験)で安全確認を目指す。電力需給が切迫する梅雨明けにようやく準備に入る日本政府の動きは、EUと比べあまりに時機を逸している。
 原発の安全を念入りに調べることは大切だ。しかし、こうした政府の場当たり的な安全宣言や見解の発表が、地元の自治体からの信頼回復につながるとも思えない。
 不信の根本にあるのは、原発の再稼働に関し、政府に首尾一貫した方針があるのかが疑わしいことだろう。九州電力の玄海原発をめぐって起きた混乱は、首相の「指示の遅れ、不十分さ」だけでは説明できない。統一見解の決定後も、首相は自らの言葉で直接、国民や関連自治体に語りかけていない。
 首相は原発の安全確認と電力供給の安定確保に全力を尽くす姿勢をはっきりと国民に示すべきだ。

【主張】原発統一見解 国民に不便強いるだけだ

[MSN産経ニュース 2011.7.12 03:13]

 政府が発表した国内の全原発を対象とする安全性確認のためのストレステスト(耐性検査)に関する統一見解は、あまりに問題が多い。
 九州電力玄海原子力発電所2、3号機の再稼働問題に直面した菅直人首相が、唐突にストレステスト導入を口にしたのは6日のことである。
 「新たな手続き、ルールに基づく安全評価」という形で、その位置付けなどがようやく示されたわけだが、内容の細目や実施時期などは依然、あいまいなままだ。
 明らかになったのは、玄海をはじめとする停止中の原発の今夏の本格運転は事実上、絶望的ということだ。日本のエネルギー需給にとって過酷な現実のみである。
 今回の安全評価は欧州諸国が福島第1原発事故後に行ったストレステストを参考に導入されたものだが、問題点ばかりが目立つ。
 まず、安全確認の評価手順が1次と2次の2段階からなるということだ。こうすることの効果のほどが分からない。
 1次評価は、定期検査で停止中の原発で地震や津波に対する設計上の余裕度を確認する。
 2次評価は、欧州での手法に準じた総合的な安全評価で、稼働中の原発の運転の継続や中止の判断に使われる。1次評価を済ませた原発も対象となる。
 1次評価の内容は、今回の事故前から国内のすべての原発で確認されている。2次評価に相当する安全対策も経済産業省の指示で事故後の3月と6月の2度実施された。「安全性」強化は必要だが、これでは一般受けを狙った「安心感」の積み上げにすぎまい。
 再稼働が遠ざかるほど、電力不足による国民生活の不便や不利益は増す。とりわけ節電を迫られた今夏は厳しい。6月に熱中症で救急搬送された人は全国で前年比約3倍(総務省)に上り、命を失うお年寄りも相次いでいる。
 原発事故の発生リスクに気をとられ、エネルギー政策上の危機については、目をつむった施策である。原発が嫌いな国民でさえ、この夏をどうしのぐかに懸命だ。
 電力の安定供給に向けて、原子力発電への不安を解消するのが政府の役割である。場当たり的な脱原発路線は、社会や経済を不安と停滞の底に突き落とす。
 発表は枝野幸男内閣官房長官が行った。混乱を招いた菅首相が自ら説明すべきテーマである。

  1. それでも、稼働中の原発については「適法に運転が行われている」とは述べていても、「安全性の確認が行われている」と書かれていないことが注目される。 []

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