映画「変身」

「変身」チラシ

今日も渋谷で映画を見てきました。「変身」――カフカの原作を映画化したものです。

「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した」(新潮文庫版、高橋義孝訳「変身」)という書き出しは、あまりに有名。この、人間が虫に変身するという不条理の世界をどう視覚化するのか? 興味津々で見てきました。

映画は、原作に登場するエピソード(たとえばグレーゴルがカベや天井をはいずり回り、天井からぶら下がるのを楽しむ様子とか)をほとんど忠実に映像化しています。主人公のグレーゴルを演じたのは、エヴゲーニイ・ミローノフという俳優。「ロシア演劇界のプリンス」(プログラムの「解説」による)だそうです。で、彼は、どのように変身するか? それは見てのお楽しみなのですが、もうそろそろ上映終了なので、ネタばれになりますが、書いてしまいます。結論からいうと……

エヴゲーニイ・ミローノフは変身しません。人間の姿のまま、見事に虫を演じきっています。指の先――手だけでなく、足の指までも――を、それこそイモムシの蠕動のように動かし、膝をつき、腹這い、両腕を横に張り出して、掌を身体から90度、直角に向けて、あるときはズルズルと粘液を引きずるように、またあるときはカサカサとゴキブリがはい回るように、部屋の床だけでなく、壁も天井も動き回ります。

それでも、彼が人間だったことを示すかのように、たった一人の妹が「トン、トン、ト、トン」とノックすると、自らの姿で妹を驚かしたくないかのようにベッドの下に身を潜め、妹が部屋を掃除するのを見守っています。時日がたつうちに、だんだんと汚らしく、ゴミにまみれていく様子も、見事としか言いようがありません。キキキと甲高い奇っ怪な声をだす以外には、台詞らしいものなどなく、それでも、虫に変身してしまった不条理に悩み、自分が虫に変身してしまったことで悩み、戸惑う家族を思いやり、最愛の妹を見守ろうとする難しいグレゴールを、迫真の演技でみごとに演じています。

と同時に、映画を見ていると、この「変身」という作品は、ありそうもない不条理を描いたものでなく、「引きこもり」だったり、あるいは寝たきり、痴呆だったり、ありがちな話じゃないかと思えてきました。しかし、隣に座っていた女性は退屈したのか、途中から寝こけておりました。あ〜、勿体ない…。

公式ホームページ

【映画情報】監督:ワレーリイ・フォーキン/脚本:イワーン・ボボーフ、ワレーリイ・フォーキン/撮影:イーゴリ・クレバーノフ/音楽:アレクサンドル・バクシ/振付:レオニード・チムツーニク/出演:エヴゲーニイ・ミローノフ(グレーゴル)、イーゴリ・クワシャ(父)、タチヤナ・ラヴロワ(母)、ナターリヤ・シヴェツ(妹グレータ)、アヴァンガルド・レオンチエフ(支配人)/ロシア 2002年

作成者: GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

6件のコメント

  1. はじめまして。TBありがとうございます。
    これを観ると、カフカの現代性というものを考えさせられます。おっしゃるとおり、今に通ずる話ですよね。

  2. ピンバック: Pocket Warmer
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  4. ピンバック: Nothing but Movie
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