「大統領の理髪師」

大統領の理髪師(チラシ)

今日もまた、渋谷Bunkamuraル・シネマで映画を見てきました。韓国映画「大統領の理髪師」です。(今年9本目…8本目が飛んでいるのは投稿し忘れ。あとで書き込みます)

青瓦台(韓国大統領府)のすぐ隣りにある孝子洞で理髪店をひらいているソン・ハンモ(ソン・ガンホ)は、ある日突然、朴正熙大統領の専属理髪師になってしまう。大統領主催の昼食会に招かれて、商売も順調にゆき、万事うまくいくかに見えたとき、北朝鮮ゲリラの青瓦台襲撃事件が起こる…。しかし、「フィクション」であるこの映画では、このゲリラたちはマヌケ揃いで、みんな下痢をして、しゃがみ込んでいるところを捕まってしまいます。しかし、そこから市民の間に下痢(流行性腸炎)が広がり始めます。「下痢をしている者は、スパイに接触したに違いない」と言われ、下痢をした者は“マルクス病”と呼ばれ、次々と情報部に逮捕され、拷問をされる。そんなとき、ハンモの息子ナガンも下痢になり、情報部に送られてしまう。ハンモは必死になってナガンの行方を捜すが、どこに連れて行かれたか分からない。やがて“マルクス病”騒動は収まり、ようやくナガンも戻ってくる。しかし、ナガンは歩けなくなっていた…。

笑わせ、泣かせ、松竹新喜劇のような荒唐無稽なストーリーが展開します。しかし、折り目折り目に…

1960年代から70年代の韓国の重要な政治的事件が描かれています。最初が、李承晩大統領が不正選挙で4選を決めた1960年3月15日。そして、ナガンが生まれるのは、この李承晩政権が学生たちによって倒された4.19革命の日(1960年)。そして、ナガンがやっと歩けるようになった頃には、軍事クーデターが起こり、朴正熙が大統領に(1961年5.19事件)。そして、青瓦台襲撃事件(1968年)があり、ハンモが青瓦台に通うようになって12年たったとき、朴大統領が宴席で中央情報部長に射殺される事件が起こる…、などなど。

さらに、ホンモノよりちょっと格好良すぎるチョ・ヨンジンが演じる朴正熙大統領が、「四捨五入」は日本が持ち込んだ者だから一掃したいと言っておきながら、突然日本語で「今日も元気にいきましょう」(←記憶モードなので適当)と喋ってみたり、「満洲に行った頃…」などと語って、植民地時代に日本軍の士官だったことを自慢してみたりとか(朴正熙は、しばしば政権延命のために「反日」を利用したけれども、実は「親日」だった)、その朴が殺された後には、しっかり全斗煥のそっくりさんまで登場。そして、ハンモはもういっぺん大統領の理髪師になれと言われますが、全斗煥の頭をみて、ハンモは、「閣下の髪が伸びた頃にまた来ます」(全斗煥は禿げていた)と言ってしまう…、などなど、キツ〜〜〜イ諷刺が織り込まれています。

ところで、“マルクス病”で捕まったナガンが情報部の職員に「尋問」される場面で、なぜか、「チョウチョ?、チョウチョ?♪」の音楽が流れます。これって、もちろん日本の童謡ですよね? なぜそれが…? 韓国の人も、この曲は気に入ってくれたのでしょうか? それとも「日本」を思い起こさせるものとして挿入されたのでしょうか? う〜ん、知りたい…。(^^;)
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チョウチョチョウチョは、ドイツ民謡らしいです。(04/03追記)

という訳で、金大中事件で初めて「韓国」という国に関心を持ち、高校生の頃には、朴正熙「維新体制」下の息の詰まるような様子を『韓国からの通信』(岩波新書)で読み、学生時代に朴正熙暗殺事件があり、その直後に、軍事政権に反対して立ち上がった光州市民が軍隊にふみにじられていく様子を中継するテレビを呆然と眺めた経験を持つ世代にとって、この映画は、笑いつつも、いま民主主義と繁栄を謳歌しているように見える隣国の、そこに至るまでの苦しい歴史を思い浮かべずにはいられない作品でした。

→公式ホームページ:大統領の理髪師

→第2次世界大戦後の韓国の歴史を年表にしてみました。韓国の歴史

【映画情報】監督・脚本:イム・チャンサン/出演:ソン・ガンホ(ソン・ハンモ)、ムン・ソリ(ソン・ハンモの妻)、イ・ジェウン(ナガン=ソン・ハンモの息子)、チョ・ヨンジン(朴大統領)、ソン・ビョンホ(大統領警護室長)、パク・ヨンス(中央情報部長)/2004年 韓国

作成者: GAKU

年齢:50代 性別:男 都道府県:東京都(元関西人) 趣味:映画、クラシック音楽、あとはひたすら読書

26件のコメント

  1. ピンバック: 最近の出来事
  2. ピンバック: 月下独想
  3. トラックバックありがとうございます。

    GAKUさんのとても詳しい記事に感心するばかりです。韓国の現代史を勉強するとより深い映画の見方ができますね。

    わたしは74年生まれ。小学校に上がる前後に「金大中氏に死刑判決」というニュースを見たことをおぼろげながら覚えています。

  4. ピンバック: gantakurin's シネまだん
  5. コメント&トラバありがとうございました!ほんまや〜、“松竹新喜劇のような”って書いてある〜!
    大阪では東京に遅れること半月での公開でしたが、韓国のサイトで見つけてから待ち遠しかった作品です。
    『殺人の追憶』でもそうでしたが、容疑者への拷問シーンなどは面白可笑しく描けば描くほど哀しいですね。
    イデオロギーなんて今の日本では死語みたいな気がしますが、けして無縁ではないということもあらためて教えてくれるのが韓国の歴史映画ですね。これからもよろしくお願いします。

  6. こんにちわ。トラックバック、ありがとうございます。
    ソン・ガンホの出ている「殺人の追憶」冒頭に「これは軍事政権下に起こった事件をもとにしている」とクレジットが出ますが、それを見ながら、「そういやいつ、どうやって軍事政権って終わったっけ?」と思ったりします。ここ数年韓国映画を見る機会が増え、「ペパーミント・キャンディ」や「二重スパイ」などその歴史を関係さる作品も見ているのですが…。歴史を知ると、作品をもっと味わえると思いつつも、なかなか学ぶ機会を得られません。まぁ、歴史がわからなくても、十分面白かったんですけど。
    「大統領の理髪師」はすごくファンタジックで、よかったです。「そして一家は、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。めでたしめでたし」って感じで。でもそんなに昔のことではないんですよね(^^;。

  7. ピンバック: Blog韓国映画の部屋
  8. はじめまして、TBありがとうございました。
    たくさん笑って泣きました。そして、辛い時代を乗り越えてきた韓国の人たちの思いが胸に刺さる映画でした。
    朴大統領暗殺事件は高校生のときです。隣国が辿ってきた現実を映画を通じて知る機会が増えました。

  9. ピンバック: prisoner's BLOG
  10. ピンバック: ブツクサ徒然ぐさ
  11. ピンバック: 良い子の歴史博物館
  12. TBさせていただきました。
    韓国が軍事政権下だったことは、つい最近のことなんですよね。
    ソウル五輪が民主化韓国をアピールする場だ、というのを当時新聞か何かで読んだ記憶があります。
    イム・チャンサンは若い監督ですので、ナガンの視点で描かれたこの映画は監督の視線でもあったのかな?と、思ったりします。
    映画の中で子供たちが「花いちもんめ」とそっくりの遊びをしているのも気になりました。あれは日本から来たものなのでしょうかね?

  13. ピンバック: 週刊電影報告
  14. ピンバック: 雑板屋
  15. ピンバック: 楽蜻庵別館
  16. ピンバック: シネマの箱

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